過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。30代のカップルです。

親のこと。

   




書いておかなければならないでしょう。今の自分があるのは親の影響も大きいのですから。

よくありがちなトラウマだったり自己の確立を親に求めることはオレの場合はいまいち当てはまらない。なぜなら少なくとも一般的な家庭で育ったという思いがあるし、おそらくごく平凡という表現が非常に似合うような家庭だったであろう。今振り返ってみてもそう思う。
もし問題点や、今のオレにも影響を及ぼしている部分というのは、唯一金銭に関する部分だけである。ウチは貧乏だった。(とはいってもゲームも買えたし、借金取りがきたこともありませんが・・)制約が多いとか我慢が必要という意味での貧乏の程度です。

そんなオレだけど、親に対する思いというのは屈折に近いものがある。特に恨んでもいないし、むしろ親は好きだし尊敬もしている。感謝もしているし。だけど今までしゃべったり書いたりした親への思いは屈折していると受け取られても仕方が無いと思うような感情を持っている。。

オレは親がとても好きだ。改めて感謝もしている。しかし親の行動のほとんどすべてを否定している。
オレは社会人としてそこそこの時間を過ごした。それなりに社会的に評価されていると思うし生活の安定度合いもそう。常識というのがどういったものかはわからないが、少なくとも「社会を生きる」ということを基準とするならば、オレは親よりもよっぽどうまくやっていると思う。

オレがそのように社会で生きていけるのは、親が途方もなくダメであることを知ったからである。親を反面教師とし、その逆の行動をとることによって、少なくとも社会においては常識人となることができたし、ストレス無く過ごすこともできた。家族からはオレは異端としてやや距離を置かれている部分があったり、オレを阻害するという部分での家族の団結力には目を見張るモノがあったり。こういうのを体験すると、オレはやっぱり家族とは別の考え、生き方をしているんだなぁと感じるのです。

親はオレに何かをいうことは無いが、妹はオレに意見を言う。やれその考え方の何が間違っているとか、そんなんじゃ誰もついてこないとか。オレにすれば青臭い理想に聞こえるのだが、本人は大まじめ。妹が持っている崇高な考え方とは裏腹に、妹自身が評価されているとは思えない今の状態にもどかしさを感じるんじゃないかなぁと心配になってしまう。

結局のところオレは親を反面教師として見ている。しかし親は常識人の自覚があり、オレにもそれを守らせたいとしている。だから結果を見て理想を判断することしかできない。常識のぶつかり合いは正解が無いから難しい。少なくとも今の状態を結果とするならば、何とか親の示している道よりはいい道を歩けているんじゃないかなぁと、自分勝手にやりながらもほっとしているのでした。

そして繰り返しになるけど、オレは家族も親も大好きです。でも常識という根底を共通することはできないように思っています。
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