過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。30代のカップルです。

優しい言葉の責任をあなたは取る覚悟がありますか。

   

※画像は焼き鳥。

オレは友人から相談を受けることが少ない。特に悩みの相談は全く受けない。どちらかと言えば、好きな人にアピールしたいからその方法とか、こうしてブログを書くぐらいなので、相手にぐっとくるようなメールの書き方をアドバイスする程度である。

オレに相談しないのは、当たり前の事だと思う。オレはそういったときに優しい言葉をかけることができない。優しい言葉は根本的な解決にならない対処療法であるとオレは考えているからだ。
もちろんみんな分かっているけど話をすることによって吐き出したいのだと思う。聞くだけならオレじゃなくてもいいではないか。いや、本当はそこで聞き手としてオレを選んでくれるのはうれしいんですが。

優しい言葉をかけるとき、オレにはその後ろにある責任を強く感じてしまう。「大丈夫。すぐにいい人みつかるから。かわいいんだからそんなに落ち込まないで。今回はハズレだったね」その人を励ます言葉は多く出てくるかもしれないが、その言葉は本当なのだろうか。

もし友人がひどいことをしていたら。もしそんなにかわいくなかったら。前回もハズレだったことを知っているし、次がアタリになる可能性は?
色々なことが頭によぎる。

恋愛であれば、その人の人生の彩の部分だけだが、もしこれが仕事だとしたら。恋愛と仕事探しは本質的に似ているところがあって、 – 信じること/我慢すること- 友人にかけるべき言葉は必然的に似通ってくる。
そのときにも同様に、すぐに見つかるよとか、向いている仕事はきっとあるよ。などという言葉をかけるべきなのか。
こういう相談事の場合、オレに期待されているのは、麻薬のような甘い言葉を吐くことである。そして甘い言葉をかけられる友人は、あまりにも多様されているために、優しい言葉への依存症になっているときさえもある。

友人が今その言葉を必要としているのはよく分かる。そしてオレが安易にその言葉をかければ良いだけなのも分かっている。しかしどうにもオレにはその言葉をただ投げかけることが難しい。薬物と一緒で(薬物のことはまったくわからないが) それを断ち切る勇気や、提供しない勇気が必要なのではないか。と。

ただし、励ます言葉を単純にかけることができないのは、昔からのオレの悪い所だと考えている。最近では本当にうれしいことに、メッセージなどで少しずつ相談事をされるようにもなってきた。

優しい言葉をかけるのが不慣れで苦手ななオレですが、メッセージはオレの本心をあなたのためだけに綴っています。
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