「 日常 」 一覧
2014/09/07 日常

相手の事なので、今日の記事は簡単に書く程度にします。
僕はかつて自分の現状を母親に伝えました。2013-11-01 親に言いました。
彼も親に言ったようです。そして特に何も無かったようです。
※ちなみに実際に言ったのは、5月ごろ?の話だったと思います。この記事を公開するのが遅くなりました。
かつて僕は、相手の親に対する葛藤を見ていました。
僕にとってそれは、正直なところあまり信じられないことでもありました。
僕自身はあまり積極的に親に言うつもりもありませんでしたし、言わない事に対して何も考えたことはありませんでした。
しかしカミングアウトに関しては様々な考え方があり、特に葛藤している人もいるという話は、そのときにおそらく初めて触れたのです。
で、彼は一大決心とともに親に言うと思うので、僕は全く決心をせずに、さっさと親に伝えてしまおうと思って先日の記事の通りサラッと言ってしまいました。
結果的に僕はなんの問題も生じませんでした。そして彼の場合でもなんの問題も生じなかったようです。
2014/04/05 日常

短期の恋愛しかしたことがなかった時、僕は来年の予定が立てられないことをとても不幸に感じていた。
毎年花見をする時期になると思う。
※お花見についての記事も過去に書いています。2011-04-29 遅くなりましたが、お花見で思うこと。
花見はもちろん一人でするのも楽しい。僕は好きだ。
しかし誰かと一緒なのも楽しい。だからこの時期に誰かと会うような事があれば、短時間であっても花見に付き合ってもらう。
ちなみに年末年始だと、神社仏閣へのお参りを一緒にすることが多いです。
桜に何か意味があるとか、そういった雰囲気がどうだとか、そういう考えはあまり持っていない。
しかし、見頃が一瞬で終わる桜は、他の花にはない特別な意味があるように思えて仕方が無い。もちろん春が過ぎ、夏になるとゲジゲジがたくさん付いてしまうのもまたおもしろい。
そして秋に紅葉。冬には落葉。四季折々の姿をわかりやすく表現してくれるのが桜だ。
おそらくこのブログにも書いたと思うが、長期の予定が立てられるというのは、僕はとても幸せだと考えている。
花見にしても、今年は○○に行ったから来年は○○に行こう。そういう1年を通じた予定が立てられる。また、例えば夏に遊びに行った場所で、桜の木があれば、じゃあ桜の時期にはここに来よう。そういう事ができるのである。
旅行にしても、今年は○○。来年は○○。そういうことができる。
まだ、長期的な恋愛を知らなかったとき、その場その場を最大限に過ごさなければ、すぐに終わりが来ていた。
今年は○○に。そして来年は・・・・。きっとこの人と来られない。もしくはそもそも恋人がいなくて誰とも来ることができない。そういう想像を巡らせていたのである。
そしてそれは、とても残念なことに、ほぼ100%その通りになっていたのだから恐ろしい。
そういう苦痛から解放され、ここ数年間はずっと長期的な予定の元に行動ができていた。
僕は同じところに例年の通り通う事が好きなので、毎年同じ場所に行きながら、新しい場所にも足を伸ばすというのがここ数年ずっとやっていたことだ。
しかしここまで長期の恋愛になると、さすがにそういう行動に飽きが来たような気がする。
花見などのわかりやすいイベントは、例年ずーーーっと同じ事の繰り返し。そこには違いはあっても変化はない。
もちろんそういうことを安定というのかもしれない。そしてそれは僕が望んでいたことでもある。
しかしここまでの継続はさすがに変化が欲しいなぁと思ってしまうのである。
今後も、今までと同じように、そしてそれはひょっとしたら10年以上もこのまま継続していくのかもしれない。
そいう、同じ体験を今後もずっとしていくことは、覚悟が必要なのかも知れない。そのように最近は考えている。
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2013/03/11 日常

ゲイは食べない。そういう話になることがある。これは何も「そう思う」というイメージが先行していることではなく。今までのいくつかの経験の中で実際に確認されている。
僕はそういう意味では昔から小食なのかもしれない。そうはいっても、彼だって僕と同じぐらいの量しか食べず、サイズは僕の方が小さいので、そういう意味では相対的に僕よりも食べないと言うことになると思う。
またそれ以外の友人たちを見回しても、僕はあくまで標準量を食べるという認識があり、決して少ないとは思ったことがなかった。
もちろん職場では、男性の職員は身体を使う仕事と言うこともあり、弁当を2つとまでは言わないにしても、弁当1つにカップ麺などの食べ合わせをすることがあり、ずいぶん食べるなぁと言う印象があった。
しかしあくまでもその程度でした。
いくつかのイベントをこなしていく中で、1人前について、ずいぶんと大きな認識の違いがある事に気づいた。
僕としてはせいぜい1人前が 500g あれば十分だと考えている。この他に飲み物や、お菓子やデザートなどを食べたら、おそらく余るような食材が出てくるだろう。そのような量。
そしてその考えは今までの中で概ね適切だと思える結果だったように思う。年齢層などによっては300gまで減らしても良いと思っているぐらいです。
と、そういう話をすると、必ず異なる意見が出てくる。そしてそれは「あまりにも少なすぎる」という意見である。根拠を尋ねると、例えば主婦の人だったり、例えばそういうイベントを体験した人だったり。そういう人たちは具体的な量はともかくとして、実感としては500gは想像している量の半分以下というぐらいのようである。
確かに僕は男の兄弟がいないので、1日にどのぐらい食べるのかは正直分からない。しかしめちゃくちゃすごいという話はよく聞く。これでもか、これでもか。っていうぐらいに食べると。それでも痩せているという話をだいたいセットで聞く事が多い。
また別な例では、500gぐらいの量だと、小学校低学年ぐらいのイベントの時に用意する量だというのである。
そう考えると、20代~30代の男性が多いグループにとっては、確かに致命的な量という計算になる。
ゲイはそこまで食べないのかなぁというのが正直な気持ち。確かに食べない人は多いけども、その年代の人ってたいがいみんなそうじゃないの?と。
2013/01/25 日常

酔ったときにする他愛もない話の中から、僕自身の気持ちが整理されることがあります。それが初詣に関する事柄。
とはいっても、考えがある程度方向性を持つことができたのは、ずいぶん昔の話です。
初詣いってますか?
賽銭はどうしてますか?
お願い事はしてますか?
僕は性格に似合わずなのか、神社仏閣系は好きなのです。身近なところで言えば大きな施設であれば、日光などもそうかもしれませんし、身近なところで言えば、川崎大師やら浅草やら、至る所にそういった施設は存在しています。
地方にも同様に方々にありますし、最近ではショッピングモールの屋上などに、そういうイベント施設が設けられる事もあるようです。
何人かの話を聞いていて、初詣に対するスタンスというのが、僕自身はかなり異なっているのではないかと思い、ちょっとそれについて書きたいと思います。
初詣には行かないという話を聞くことはあります。僕はこれについては、特に何も思うところはありません。せっかくのイベントなので、それに参加すれば楽しいのにとは思いますが、そういはいっても、それ自体はとくにおもしろい作業でもないので、特に混雑しているということもあり、それを避けたいと思うのは、とてもよく分かります。
賽銭についての考え方。そもそも賽銭って何のためにあげるのでしょうか?願い事を叶える対価?
話を聞くと、奮発して少し多めに入れた。そのような話を聞くのです。そしてその場合の意図は、願い事の深刻さと賽銭の金額は比例しているように思います。
そのような考え方は気持ちはわかるものの、愚かなこと、間違ったことだと思っています。そもそも大金を積めば願いが叶うなどというのが、すでにどうなのでしょうか。また願いを叶える方も、この人は大金だから・・・という理由で叶えたのだとしたら、それでは本末転倒な気がします。だから僕は賽銭については極少額にしています。本当は無くても御利益には関係無いと考えていますが、イベントを楽しむためには賽銭をあげるということが、必要なアイテムである事も事実です。

願い事について。
願い事は他人に言うと叶わない?そのように言われているのでしょうか。まあ僕も、他人がたとえくだらない願い事をしていたとしても、それで良いと思いますし、当たり障りのない願い事だとしてもあまり興味がありません。
ただし、願うべきではない願い事の種類というのがあると思っています。
完全に他力になってしまうのは絶対によくないと思います。「恋人ができますように」などと言っても、叶うわけがありません。せめて「いい人と知り合えますように」でしょうね。あとはもし好きな人が思いつくのであれば、具体的に「○○さんとつきあえますように」というのもありだと思います。
恋人が欲しい。そのような話はよく聞きます。しかし出会いがなければ恋愛に発展することもありません。だからゴールをいきなり要求するのではなくて、その手前の段階こそ、切実に願うべきなのです。そしてそこから先は、さすがに努力しましょう。
具体的に好きな人が思い浮かぶ場合は難しいのは事実です。しかしまあ友人関係であるならば、あとは運を天に任せて告白などするしかないでしょうから、それで玉砕するなら仕方の無いことです。僕だったら「○○さんに告白するのでうまくいきますように」というお願いをすると思います。
あとは事後のことを無かったことにするようなお願いもダメだと思っています。例えば「落とし物がみつかりますように」というように、落としたことを無かったことにするようなお願い。病気が治るようにというタイプのお願いもこれでしょうか。
なぜこれが違うと考えるのか、それはお願い事がネガティブな要素を含むからです。
願い事は、それが叶えばポジティブな要素を持つべきだと思います。だから落とし物が見つかるようにという願いの前に、「落とし物をしないように」そのように願うべきだったのです。また「病気をしないように」事前にそのようにお願いをするべきです。
上記に関連して、ネガティブなお願いは絶対にダメです。「○○さんが不幸になるように」という種類のもの。もちろんどうしてもそういう気持ちを完全に捨てるのは難しいと思います。しかしそこはぐっとこらえて、比較となる人がいて、その人と比べたいのであれば、「○○さんよりも幸せになれますように」という願いをするべきです。すると、これは相対的な物なので、相手が今よりも不幸になる事によって、自分の方が相対的に幸せの位置につく場合と、もちろん自身がすごく幸せになって、相手よりもうまくいく可能性があります。
僕は本来あるべき願い事の姿としては、「曖昧」「ポジティブ」「感謝」につきると思います。
曖昧というのは、非常に重要です。叶うか叶わないか分からないのであれば、叶う可能性のある願い事の方が良いのです。「3億円欲しい」そう願ってそれが手に入らなければ、叶わなかったと一言で言い切ってしまうのはとても残酷なことだと思います。それだったら給料が上がりますように。同じ金銭でも、これならずっと叶う可能性が高まります。時給にしても月給にしても、黙っていても少しぐらいは増えますよね?
健康で・・・という願いも素晴らしい願い事の一つだと思います。この願い事が素晴らしいのは、100%叶うと言うことです。風邪を引いて寝込んだとしましょう。「この程度で済んだ」そう思えば良いのです。もしお参りしていなかったら、もっとひどいことになっていたかも知れない。だからこの程度で済んでよかった。と。そうすれば、絶対にこの願いは叶うのです。
願い事は具体的な方がいいと思います。しかし曖昧な方が良いのです。「幸せな1年で・・」という願いは、叶うでしょうが、実感も持ちにくいでしょう。だから具体的で曖昧。それが重要です。
最後に感謝です。これもまたとても重要な事です。僕はもうずっと何年間もお参りをしているので、かならず翌年のことを振り返って感謝をしています。「おかげさまで去年は1年間楽しく過ごすことができました。」と。感謝に意味があるわけではありませんが、これも叶える側の事を考えてのことです。当たり前のように願い事ばかりを言われるよりは、感謝から始まって願い事を言った方が、精神的にもだいぶラクでしょう。
みなさんもぜひ意識してみてください。
2013/01/09 日常

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
思い返すと、ブログを書いてからというよりは、ブログを書く前からほとんどの事に変化がありません。僕は相変わらずですし、彼も相変わらずです。もちろん個別にいくつかの小さな変化、例えば相手はそろそろ就職ですし。というのはありましたが、大きな部分においては本当に変化のない時期にさしかかりました。
もちろん僕自身は、プライベートが落ち着くのはとてもうれしい事だと思っています。この状態がなるべく長く維持されるようにと、毎年年初には強く願っているのです。
さて、昨年末の話しですが、カミングアウトをしてきました。
もともと言う予定だった人たちには、それですべて完了です。あとは言うタイミングや状況を見ながら伝える事はあり得ますが、特に僕の方から時間を設けて・・・という事には鳴らないのではないかと考えています。
特にそのことに意味があるわけではありませんが、少なくとも伝えたみなは、そこそこの年月を僕と友人関係として継続しているので、伝える意味は少なからずあると思っています。
毎回のことではありますが、「もっと早く言えば良いのに」と。僕は今まで伝えた人たちはすべて、偏見などはないんだからとか、友人関係には関係が無いんだから、という意図を含みながら、もっと早く言えばよかったのに、と言われる事ばかりでした。
※唯一妹たちだけはそのような反応でなかったので、何らかしら思うところがあるのかもしれません。
僕はそういった、早く言えば良いのにと言う意見については、非常によく分かります。僕自身が何らかのカミングアウトを受けるような事があれば、その事象が発生してからの時間が経過しているのであれば、もっと早くという気持ちがないわけではありません。
しかしそれは前回の関連記事にも書いたとおり、改めて伝える必要がないかもしれない。そのように考えているのです。だから今回も、なかなか難しいんだよねー。カレーが好きです!とか嫌いです!ってわざわざ表現しないじゃん?っていう。
今回も非常にうまくいったと思います。が、まだ彼には会っていません。ということで、次は機会を設けて紹介でもできれば一番いいですね。
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2012/11/29 日常

こんにちは。だいぶ寒くなってきました。僕は寒いのは苦手なので、これから本格的に寒くなってくるのがとても怖いです。すでに部屋は、すごく寒くて、家にいることに苦痛を感じます。なぜか部屋は外よりも寒い事・寒く感じる事が多く、そういうものなのでしょうか。
暖房器具は光熱費の事もあって、なるべく節約したいですしね。難しいところです。
またまた友人にカミングアウトをしてきました。もうパターンのようになってしまい、目新しさはありません。
当初ここの記事にも書いていたように、何人か伝えたいと思っている人はいました。そして後1名を残して予定通り完了しそうです。
今回伝えたのは、大学時代からの友人でした。定期的に飲みにいっている僕たちは、毎回くだらない話をしています。それは仕事のことであったり、恋愛のことだったり、旅行だったり。。。。同級生なので、同じ年齢ですし、巷の30代がする平均的な会話です。
同じ大学で勉強をしていた頃、友人がどのような大人になるのか、想像もできませんでした。そしてそれは僕も同じです。そもそも僕は元々の志望だったIT関係の仕事に就けるのかあやしかったですし、友人はそもそもどのような仕事に就くのかも僕は知りませんでした。
就職が決まってから、友人は僕と同じIT関係の職に就くという話を聞きました。それを知ってから、今まで以上に会う回数が増えたような気がします。
同じ業界で働く物として、やっぱり負けたくないという気持ちなども強くありました。しかし幸いなことに、働く分野が違うためそこまで強く競う気持ちも起きませんでしたし、僕は「負けた」という実感をしなくて住んだのでは無いかと思っています。ちなみに友人は開発関係の仕事。僕はネットワーク関係やサポートの仕事がメインです。
定期的に会っているため、今回もそのような事で会いました。
お酒を飲んでいる中で、「そういえば恋人の話なんだけど」という流れ。「実は付き合ってるのは男なんだよね」と僕は伝えました。
相手はまったくリアクションをせずに、「そうなんだ別にもっと早く言ってくれればよかったのに」と言われました。
話を聞くと、すでに職場にゲイの友人がいるらしく、ナヨナヨしてる感じらしいのですが、普通に仕事をしているという事でした。だから別に何とも思わないよ。と。
僕としては、あまり恋愛の対象を気にしたことがないから、改めて伝えたいっていう動機が薄いという話をしました。それこそ、会うたびに毎回恋愛の話とか、旅行の話をしています。友人は一人旅。僕は二人で。そういう話をするときに、男女のそれを置き換えて話をするような時は、ちょっと面倒に感じます。
例えば温泉とか、一緒にはいるっていうのは、男女であれば混浴が前提になります。もしくは家族風呂でしょうか。
僕たちの場合は、そういった事を気にしなくても、一緒にはいることになるので、微妙なニュアンスの違いがでてきます。
そういうのが面倒だから、もう伝えてしまった方が早いし楽だという感じです。
2012/08/29 日常

先日の 8/21(火)~8/26(日) まで北海道に行ってきました。
新潟からフェリーに乗って、北海道まで。各所を観光し、苫小牧から大洗(茨城県)に戻ってきました。
これといった事はありませんが、とりあえず同じ人と1週間を過ごすのはやっぱりいつもとは違うということでしょうか。
基本的に常に一緒にいるという行動は、日常とは違っていました。
フェリーには10時間近く乗っているので、その間何をして過ごすのか。例えば僕は一人で気ままに船内をうろうろしたり、時には甲板に出て景色を見たり、海の音を聞いたり。好き勝手に時間を過ごすことができます。
しかし今回は一緒だったので、甲板に出るときにも一緒に。ご飯を食べる時も、暇な時間をつぶすのも一緒。
たまには一人になりたいという気持ちも僕はあります。相手にはそれが無いのでしょうか。唯一一人になった時間は、朝に彼が一人で温泉に入るときと、お互い船酔いして、相手は横になっているのが楽だということで布団に。僕は座っているのが楽だったのでイスに。このとき部屋が違うので別々の行動となりました。
それ以外は火曜日から日曜日まで、常に一緒の行動を行っていたのです。

あまり詳しい日程は書いても意味がないので。いくつか記憶に残っていることを。
フェリー。船酔いが心配でした。行きの新潟→小樽の時には軽く揺れる程度でした。だから船酔いも全然平気だったのです。また設備も非常に快適で、とても楽しく時間を過ごすことができました。
一方で、帰りのフェリー。苫小牧→大洗では、まだ沖縄近辺にあるというのに、その影響で波のうねりがありました。そのため船は上下方向に大きく揺れていたのです。もちろん立って歩ける程度ですし、船上での生活には何ら影響の無い範囲の揺れでした。しかしまあこれがこれが気持ち悪いのです。四六時中そのようなペースで揺れ続けていたため、前日まではビールなどを飲んでいたこともあり特に問題ありませんでした。しかし翌日にはとても気持ち悪くなってしまいました。
ぎりぎり吐かずにすみましたが、本当に限界ギリギリまでいきました。あぶなかったぁ。
雨。毎度彼との旅行では、必ず雨が降ります。今まで降らなかったことがちょっと記憶に無いぐらいです。行程のほとんどで降る場合もあれば、朝や夜にさっと降るだけの場合もあります。しかし毎回降ります。ということで、今回もしっかりと雨に打たれました。特にバイクだったので、これはしんどいと思える要素でした。そして景色も雲や霧でハッキリ見えない時も多くありました。残念ですが仕方の無いことでもありますね。
大雪山脈というところに行きました。家に戻ってきてから調べましたが、ここはずいぶんと遭難事件の多い山脈のようです。30代より上の年代には分かると思いますが、遭難者が「SOS」と叫んでいる声を録音した事故があったと思います。これもこの山脈だったそうです。またちょっと前にもツアーで登山した方々が遭難した事故もありました。
夏に行く山はそのような怖い側面を見せてはいませんでしたが、冬山はとても怖いということですね。
またこの山は高山植物の観察ができるということでした。調べたところ、高山植物は気温にも関連するそうで、もっと暖かい地方であればもっと高い山じゃないと高山植物に巡り会うことができないそうですが、北海道にある山だということで、あまり高くない山でも高山植物を見ることができるそうです。
よく見る植物と違って、高山植物は種類が少ないので、これは何という種類なのか。というのがすぐに照らし合わせることができるため、今でとは色々と違う楽しみ方ができたように思います。

バイク。今回は北海道をバイクで走りたいということが始まりでした。北海道は開発が最近になってされたからなのか、道がとにかく直線でした。そして車の往来も少ないのですごく走りやすい。スピード違反についてはさんざん注意されていたので法定速度を守って。眠くなるという事はありますが、とても快適でした。
いわゆる田舎道は、車の往来が少なくても、そのぶん道幅が狭かったりしてストレスがかかります。それに道が変な方に蛇行してたりとか。
その点北海道の道はまっすぐだし広いし。本当に運転のしやすいところだと思いました。
※今回走ったのが、小樽・旭川・富良野・苫小牧なので、その辺の道路の感想です。
スピード違反の検問に2回?見かけましたが、そんなに頻繁に検問やっているような感じはしませんでした。もちろん僕たちは無事故・無違反でした。

ホテルやペンションはまだまだ模索し無ければならないところが多くあるように思いました。
いわゆるシティホテルは、どこも甲乙つけがたく、良くも悪くもおしなべてサービスの質などは一緒です。ペンションは今まで3回利用したことがありますが、価格はだいたい同じ感じなのですが、サービスの内容はペンションによって大きく異なります。そのため自分たちに合ったサービスに出会うのは本当に難しいように思いました。
僕も彼も、「暖かい・家庭的」という言葉で形容されるような、オーナーさんなどが積極的に交流してくるようなのは苦手なのです。放っておいて!って。
2012/05/08 日常

早いもので、初めてのゲイタンが行われてから1年ぐらいが過ぎようとしています。
今まで、を振り返ると、
第 1 回 東京 BBQ
第 2 回 大阪 BBQ
第 3 回 東京 バー
第 4 回 東京 カフェ
第 5 回 名古屋 体育祭
第 6 回 東京 サミット
第 7 回 横浜 カフェ
と行われてきました。2ヶ月に1回ぐらいのペースでしょうか。
今週の土曜日に以下の通り ティー&バーが新宿(無銘喫茶)で行われます。
日時: 5/12(土)
ティータイム 11時 ~ 17時
バータイム 19時 ~ 深夜1時?
※17時~19時はティーとバーの混合タイムになります。
場所: 無銘喫茶
そもそもゲイタンというのは、セクシャリティとは関係無く、楽しいことを共有しようという考えて発足しました。名称にゲイというのが含まれていることや、相対的にゲイの参加者が多いことは事実ですが、僕はとくに意識したことはありません。
毎回主催者が違うので、雰囲気が毎回異なっています。今回はどのような雰囲気になるのでしょうか。とっても楽しみです。
2012/02/13 日常

ぺらさんが、体重について記事を書かれていました。 食事がキモかそれとも運動か / (アタシにとってだけの)緊急速報
いわく最近太って来たと。
僕は友人に痩せるようにアドバイスすることがよくあります。痩せたら少なくとも今よりはモテる。というパターンが多いかな。
他人に意見をしていながら、申し訳ない気持ちがあります。僕自身も人に言えるほどではないのです。
かつて、おそらく去年の夏ぐらいだったと思いますが、がんばってダイエットをしました。そしてそのときには、そこそこ結果が出て、理想とする50kgにだいぶ近づいたように記憶しています。
しかし年末に向けて、忙しいのやら何やらで、結構太って来てしまったのです。そして今現在は55kgぐらいでしょうか。
僕の場合、太ることは単純に食生活と運動です。しかも太り始めてたときに怖いのは、痩せているときはちゃんと鍛えているので、多少の筋肉があります。
太り始める時は、まず運動量が減ります。なので筋肉が減ります。そして食生活は変わらないか微増なので、脂肪が蓄積されるようになります。このとき、筋肉の減少は若干の体重減少を含むような気がするのです。
つまり今の55kgというのは、筋肉が落ちて、さらに脂肪がついているので、筋肉が維持されたままの脂肪、、体重だとすれば、57kgぐらいには相当するのではないかと勝手に思っています。
僕がダイエットを始めるときは、ほぼ必ず1-2kg増えてから減り始めるので何となく正しいのでは無いかと。
一人でチャレンジしてもいいのですが、ここは他人と比べることによっての相対的な目標があったほうが、よりやる気が出ると思いました。ということで、勝手にぺらさんよりもより減量できるように、目標(ベンチマーク)の対象とさせてもらうことにしました。
2012/02/07 日常

ちょっと前の事ですが箸を買いました。
この箸は、夫婦箸という感じのセットだったと思うのですが、大小の2セットが入っていました。
2011-09-21 性的な相性(やや性的な表現が含まれます) この記事で掲載している写真の箸です。
長い箸と短い箸。さて、僕と彼のどちらが、どっちを使うのでしょうか。
僕は役割を主張して、僕が大きな箸を使うべきだと言ったのです。
彼は身体の大きさを主張して、彼が大きな箸を使うべきだと主張しました。
男女としての役割、そういうものは厳密に言えば無いのかもしれませんが、例えば比較的家事をするのは彼ですし、洗濯も掃除もそうです。(僕の家はやってもらいませんよ)
ってことは、もし男女の夫婦であれば、夫婦箸の大きな方は、きっと夫が使う事になるでしょうし、とくに異論は無いでしょう。
ここで問題なのは、男女の夫婦であればたぶん身長などは男性の方が高いだろうと言うことです。ってことは、身体のサイズが大きいってことで、箸のサイズを使い分けている可能性は考えられます。
僕よりも背格好の大きな彼は、「あんたは手がちっちゃいんだから小さいのでいいでしょ」そのように言うのです。確かに僕は背も低いですが、手の小ささにも定評があります。だから大きな箸じゃ無くて小さいのでもいいじゃん。と。
そのように言われて、僕はたとえ屁理屈だったとしてもそれに反論する言葉が思い浮かびませんでした。