時代の移り変わりを感じるとき。

僕がこうしてブログに書いていることというのは、主に20代前半から中盤に書けて考えたことをまとめて書いている。ここのブログに書いてあることは、少なくとも僕がその時代・年齢の時を生きたときに、大多数の人が同じように経験していることであったと考えている。
しかしそれは今になって振り返ると、必ずしも今の事実とは重ならない部分も多い。それは出会いの方法だったり2丁目と聞いて連想するイメージかもしれない。昔とだいたい同じ、ということがある一方で、昔とはだいぶ違うと思うことも多くなった。
特に僕は、同年代から年下との交流が多く、どうしてもそれを感じる場面は多いのかもしれない。
その中でも、いい方向に進んでいるだろうと思っていることが少なくとも一つある。恋愛の方法である。かつてを語れるほど何も詳しくは無いが、男女の恋愛のように男性同士の恋愛が成立しつつあるように思う。
例えば僕の友人で、先日1年ぐらいの片思いが実って、付き合うようになった人がいる。ちなみに同い年同士の男女の恋愛。
男性と僕は友人で、その男性がおとなしい性格だということを知っている僕としては、その恋愛は、派手なことは無いかもしれないが、無難な恋愛というか、彼ららしい恋愛というのをしていくのだろうと思っていた。それは細く長くというようなイメージ。
普通の恋愛のプロセスをいちいち確認しながら進むような恋愛。例えば初めて手をつなぐとか、初めてキスをするとか。泊まりに来るとか、車で迎えにいったほうがいいのか、とか。もちろんそこには性的な行為も含まれる。
たまにしか話は聞かないが、それでも順調にステップを踏み進んでいる話をしてくれた。
そして。性的なことが終わったとたんに、悪く言えば飽きがきたような。今までの我慢が一つの大きな目標を達成することで虚無になったのかもしれない。とにかくそういう経緯があって、結局その恋愛は終わってしまった。
これがもしゲイの世界でおきたとすれば。(というよりもこれは日常的な光景でもある)、必ずどちらかに味方がつき、あーでもないこーでもない。見る目が無かった。やっぱり身体が目的だ。こっちの世界は尻が軽すぎる。などなどの非難が噴出し、そして僕のような卑屈な意見を持つに至るのである。
もちろんそういう、身体を中心としたつきあいでは無かったと思う。結果的には性的な関係を結ぶことによって、その後が続かなかった事実を見ると、身体が目的だったということも十分に考えられる。しかし友人の話では少なくとも誠意を持って終始付き合っていたのは、他人から見た事実でもある。
ゲイの世界でも、以前に比べるとまだまだ性的な関係が中心になりがちだとは思う。しかしそれは、ひょっとしたら昔に比べると性的なことがオープンになっており、僕の考える身体が中心の世界と若い人が考える身体が中心の世界というのは、異なっている可能性もある。
男女の恋愛において、今の若い人が昔よりもずっと簡単に付き合ったりだとか、別れたりだとかを繰り返している。(ちょっと前からだと幼稚園から彼氏とか彼女って言う存在がいたりするらしいですしね)
すると、当然性に対する考え方は違ってくる。そして僕は若い人からの色々な意見や話を聞くと、少なくとも恋愛に対する考え方や行動の仕方というのは、今までのゲイの世界とはだいぶ異なってきていると、そしてそれは男女の恋愛方法に非常に似てきているのではないかと考えている。
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