過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。30代のカップルです。

重要な変化の多い年齢。

   

冒頭部分はプライベートな話から。
昨日、友人とお酒を飲んだ。非常に秩序立てて進み、最初から最後まで当然のようにすべてコントロール下にあった。我を失うことなど無かったし、支離滅裂な事を言うような状況にもならなかった。
記憶もしっかりしており、飲んだ量も非常に適切であったと考えていた。もちろん量に関することだけじゃなく、たくさんの興味深い話もしたし、一つ一つの話題には学ぶところも多かった。
要するに、飲み過ぎずに、たのしいひとときを過ごしたのである。

そして今朝。見事に二日酔いの症状が出ていた。正確に言うと、胃もたれのひどい症状であったが、これは軽い二日酔いの症状に酷似していた。
あの程度の量で、事実非常にすべてが順調に終始したのにもかかわらずこのような結果となってしまったことに大変驚いている。

弱くなった。という言葉・表現でこの状態を表すにはさすがに問題があるのではないかとさえ思ってしまう。正直反省のしようもない・・。

さてここから今日のテーマ。

毎度おなじみではありますが、「国境、非在、あるいは百年の祈り」のげんやさんが大変な事になっているようです。僕自身が彼に向かって何かを発言することなど、非常におこがましく思うし、また適切でも無いような気がしています。

しかし自分を振り返ったときや、また友人からいくつかの興味深い意見を聞いたこともあって、関連する事として記事にまとめておきたいと思います。
※げんやさんがどのように大変な状態なのかはわかりませんが、詳細については、ブログをお読みいただければと思います。

かつてげんやさんと会ったとき、目標があると言っていた。僕自身にはその壮大(と思える)目標のほんの少しさえも理解するのは難しかったのだが、それでも大変記憶にのこっていることがある。どのようなニュアンスで言われたのか覚えていないが、確か「一箇所に住み続けることが想像できない」というような話だったと思う。僕は生まれてからこのかた、東京にしか住んだことがない。しかし彼は、実家で過ごした幼少期のほか、大学、社会人、、、と、数々の場所で生活をすでに積んでいる。そういった経験や、今後彼がやりたいと考えていることなどが、上記発言に至ったのではないだろうか。

自分自身を振り返ってみたとき、30歳になるよりも少し前、この時期は社会に出てから、最初の大きな転機を迎えることではないかと思っている。
人生において、最初の重要な岐路に立つ時期なのかもしれない。もちろん僕自身はまだ、俯瞰できる状態にはないが、少なくとも、そしていろいろな友人の話を聞く限りでは、最初の重要な選択の時期だと考えている。

僕自身が人生を少しでも自分がやりたいと思えることを実現するために、20代半ばまでは、経験することが重要だと考えていた。そこには、ある程度の一貫性は必要であると考えつつも、新しい分野への開拓、挑戦ということについても積極でありたいと考えていた。

そして20代半ばを過ぎると、30代・40代、場合によっては一生の仕事にできる事の準備期間であると考えていた。その考えは今でも変わらず、当然今の仕事は一生続ける事になったとしても本望であると考えている。
具体的には、例えば僕の場合だと、20代半ばで挑戦という意味での転職は最後にし、30代前半までに多くても2回程度の転職とともに、その職場では一生を捧げるぐらいの気持ちであった。そして実際には彼と知り合った直後(26歳のころ)に、今の会社に転職をし今にいたっている。今のところ転職は考えていないが、もしするとしたら、次の転職は本当に最後になるだろうし、最後にしたいと考えている。

この考えのもと、当時の僕がもし今の会社に転職ではなくて、もし遠く離れた場所での転職だとしたら。転勤になったとしたら、、、。これは非常に難しいことでもある。

友人の話。僕の友人に、恋人にするなら20代後半から30代の人がいいと言っている人がいる。僕自身は、その友人の年齢や、肉体的・精神的に満足できる可能性の高い、25歳~ ぐらいがいいのではないか、という話をした。するとその友人からは思いも寄らない返事が帰ってきたのである。
「20代半ばは、仕事でのチャレンジやキャリアアップを優先するから、捨てられちゃうかもしれない」と。事実その友人は、かつてそれに近いことがあったようで、それを警戒しているという話である。
しかし自分のことに身を置いて考えると、たしかに当時の僕であれば、キャリアややりたいことを優先し、恋人との関係は少なくとも2番目になってしまうかもしれないと。逆に今のように30代になって、落ち着いてきたときには、プライベートの充実を考えるようになるので、恋人のことも大切にするだろうと思う。少なくとも20代の半ばから後半にあったような、大きな変化はないだろうと期待できる。

そして最初の話に戻る。
げんやさんも、おそらく大きな選択肢の中に身を置いているのだと思う。彼がブログに書いているように、きっとすべてが、いい方向に回ると思うし、そうであって欲しいと思う。努力のほかに、引きの強さや運の強さを感じるげんやさんのことだから、きっとすばらしい将来が待っているだろう。
もちろん外野から何か協力できることがあれば、それは惜しまないつもりだ。
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