教訓。

今回の地震で、僕はいろいろなことを感じ、また想像していたよりも、ずっといろいろなことを感じませんでした。
地震。その凄まじい揺れは、想像をはるかに超えていました。いままで震度○という地震の大げさなものは、地震車などで体験することができました。しかしその光景は、とても現実的ではなく、まるでコントのように、大げさに揺れる体験者を見て、むしろほのぼのとした感じさえありました。
しかし本当に歩くことさえできない、そのような揺れでしたし、その揺れを体験したとき、棚が本当に倒れてこないのか、天井は大丈夫か、蛍光灯は割れないのか。そういったことが頭の中をめぐりました。
仕事では日々「耐震固定」という言葉を使っており、地震対策としてPCを固定したり、重たい機器については、絶対に倒れないようにボルトで固定しています。正直なところ、費用も安くなく、また非常に重たい機器については「いくらなんでも倒れないでしょ」という気持ちがありました。
しかし、あそこまで揺れることを知った今、いとも簡単に倒れる可能性があること、認識の甘さを身を持って感じました。
※やや専門的な内容ですが、サーバーラックの耐震固定を渋っている人がいたら、それは絶対に行ったほうがいいと思います。それはスタビライザーなどではおそらく防ぐことができず、ボルトによる床への固定をしなければなりません。
電話は使えません。というよりも使うべきではありません。緊急の連絡が優先されるべきだと考えるからです。そのため安否を伝える手段がなくなります。携帯電話が使えない状態では連絡を取る方法がないのです。
僕は幸いなことにPC・インターネットが使える環境でした。しかし相手がやはり携帯電話だったりすると、結局連絡が取れないのです。
Twitter は良さと悪さが入り交じっていました。情報収集として利用する場合には参考にはなりました。デマも相当数混ざっていること、RTと呼ばれる行為でどんどんと情報が拡散し、混乱が生じることなどは僕の感じた悪い部分でした。
逆に、「自分は大丈夫だ」ということを自ら発信するツールとしてはとても有効でした。誰がみられるのかわかりませんが、僕のことをフォローしている方は少なくとも僕の安否を確認することができます。そういう意味ではとても有用でした。
津波。僕の住んでいる東京は比較的津波の被害が少ないと言われています。それは東京湾の形状からそのようですし、過去にもあまり大きな被害は出ていないようです。しかしもし被災したときに東京にいなかったとしたら。スマトラでの地震の時もそうでしたし、津波は場合によっては地震よりも恐ろしいものとして考えなければなりません。
インターネット。日常のあらゆる機能がマヒする中、インターネットは少なくとも東京では一貫して使い続けることができました。Twitterでの情報収集もできましたし、Skypeも使えたようです(未確認ですが)
携帯電話は地震発生後ほとんど使えませんでした。通話は試していないのでわかりませんが、メールなど23時頃にようやく遅延しながら、、、という感じでした。
交通機関も全くだめ。報道のとおりですが、地震発生日の深夜に地下鉄がようやく少しずつ動き出したようです。JRにいたっては翌日まで復旧しませんでした。
一方で、驚くほど日常的でもありました。歩いて実家に帰ってから、テレビを見ながらご飯を食べる。あれほどの揺れで、東北など凄惨な状況の中で、家庭はいつものとおりでした。ついさっきまで大きな地震があったことなど忘れてしまうほど。余震がまだ続いているから、交通機関がマヒしていることからいつもの日常ではないことを感じる程度でした。
翌日になっても、交通機関の乱れはありました。しかし街並みはほとんどすべてが日常に戻っていました。テレビと余震で災害を感じるぐらい。確かに僕の住んでいる近辺では幸いにも被害はありませんでした。精神的な違和感を除けは、翌日にはもう日常に戻ることを求められているのかもしれませんし、また戻れることが強さなのかもしれません。
あまりにも唐突で、それには大きな、大きすぎるぐらいの出来事で、まだまだそれを受け入れるには時間がかかりそうです。
相変わらず電力については注視していかなければなりません。
会社では早速社員に通知し、止められるサーバーはすべて止めました。少しでも節電につながればと思っています。