「 月別アーカイブ:2011年02月 」 一覧
2011/02/09 フェチ/好み/タイプ
2011/02/08 考え(自分関連)

僕は小説をほとんど読まないという話を昨日書きました。
そんな僕ですが、げんやさんのブログで勧められていることから、江國香織さんの本を購入したのです。そしてそれはとても面白い、引き込まれる内容だということを知りました。
しかしここで非常に初歩的で、僕にとってはとても重要な事を感じました。それが感情移入をどのように処理すればいいのか。ということです。
正直なところ、最初に江國さんの本を選んだのは正解でもあり失敗でもあると思いました。ゲイに関して触れられているこの作品は、僕の感情をあまりにも簡単に、そして大きく揺さぶってくるのです。理性のなかでは、それがあまりにも現実離れしており、時には浅薄であるように感じる事もあります。しかしそれがゲイに関わることだからなのか、理性で制御できない感情が、とても揺さぶられるのです。
この時に僕はその感情をどのように処理していいのかわかりません。
いくつか考えたのですが、
・そもそも感情が動かない
・感情が動くのも著者の意図として楽しむ
・それ以外
というパターンがあると思います。もし「それも楽しむ」のだとすれば、僕にはまだとても酷だなぁと思いました。
そういった感情が出てきた時、先日読み返した田口ランディさんの本にもそれを感じたように思いました。大学の時に初めて読んだその本は定期的に読み返しています。今までのほとんどは単純に、純粋に作品として楽しめていました。しかし最近になって読み返したその時には、自分ならこう考えるということで、今まで読んでいた感覚とは明らかに違ったのです。今までは受け入れるように読んでいたのが、最近では考えながら読むようになったというか、反発しながら読むようになったというか。少なくともそうやって考えることが「いいこと」という感覚は持てていません。
自分が意図していないところで大きく感情を揺さぶられる場合。いたたまれなくなって僕は一度本を閉じるのです。そして深呼吸をして、冷静になったところでまた読み始めます。
正解は無いと思うのですが、ぜひ読書のプロの方々には、読み方の指針や目安を示してほしいなぁと僕は切に願うのでした。
※この記事を書き上げてから、参考にしたブログの記事を読み返してみました。するとやっぱり感情が揺さぶられる旨の記述がありました。
十年後の僕のとなりには、それでも彼がいるだろうか?[2011/01/20]※本文およびコメント欄
げんやさんおよびkunntaさんがあまりにも的確な描写をしていることに改めて驚きました。
なんだやっぱりみんな感情移入しちゃうんだなぁこの作家さんは、と。
2011/02/07 考え(自分関連)

ブログというのは活字のメディアあだけあってなのか、本を読んでいる方が多いように思います。
そして僕、僕は本当に活字に触れることはありません。今小説を読むような事があっても、それは高校の時、大学の時に購入した本を読み返す程度です。
例えばそれは高校や中学の時に一度は通過するであろう、夏目漱石や筒井康隆であったりとか。大学の時であれば友人に進められた田口ランディであったりとか。本当に僕がちゃんと読んだと言えるのは、その程度です。(彼からのプレゼントで千年樹というのも読みました)
新聞も今は読んでいませんし、週刊誌も読みません。(新幹線での移動がある時には、ゴシップ誌か新聞を読みます。あとジャンプを少々。)ブックオフなどで購入する本のほとんどは技術書です。この技術書も、たくさん買うわけではなく、3ヶ月に1冊程度でしょうか。
去年末には精神に関する本をいくつか紹介されました。その本を去年末から今年の初頭にかけて、時間がかかりましたが読みました。
そういう事なので、おそらくちゃんとした小説というのは、ほとんど読んでいないのです。
ブログを始めてから、げんやさんは本のプロフェッショナルだということを知りました。そこでは江國香織という著者の小説が紹介されていました。僕は人の意見を受け入れる事をなかなかしない性格です。しかしプロが勧めるそういった事の一つ一つには大きな敬意を払っています。そして試す事にコストがかからない、もしくは非常に小さい場合、なるべくそれに触れてみるように意識しています。
僕は意見を聞き入れることが非常に少ないことを自覚しているのでせめてもの手段としてそのようにしています。例えばバイクであれば、バイクのプロ=バイクショップの人の意見を相当参考にしますし、精神に関することを今まで何回か触れましたが、それもまたとても参考にしている人がいます。
小説に関しては誰を参考にしているというのはありませんが、ブログを通じて、色々な方が(例えば)げんやさんもそうですし、たまにjugonさんという方も本を紹介しているので参考にしたいと考えています。
自分にとって重要な判断というのは仕事に関することで十分です。そのため特に本については他の方の意見に流されてみようと思っています。
※げんやさん:さみしくても残酷でも、僕たちはそのような世界に生きている[2011-01-22](コメント欄)
この記事を書き上げてから、掲載する前に参考にしたコメントなどを確認しました。
すると、「赤ちゃんと僕」に関するコメント(ミカリンさん)が載っていたのでびっくりしました。これは確かに名作です。確かお祭りの場面で、藤井君?がお兄ちゃんに対して、「いくらもってる?」「ビンボーだよ50円」「じゃあきなこ棒買って一緒に食おうぜ」のくだりには惚れました。※ずいぶん前の記憶なので違ってたらスイマセン
また、らがわまりも?さんだったかな・・は、ゲイの漫画も書いているんですよね。こういう流れは赤ちゃんと僕もひょっとしたら・・・。
Jugon さん:Jugon的自己満足、考察日記
「本」というカテゴリを作っています。いろいろなジャンルを読むようで、僕が読みたいなと思うもの、なかなか選ばないだろうなぁと思うもの。色々紹介されていて興味深く読んでいます。
※本日は完全に無断リンクしています。(コメントに対する言及も)
問題がありましたら修正・削除いたしますので、ご連絡を頂ければと思います。
2011/02/06 ブログ

そういえばブログを始めるときに自分の名前を。かお。という名前にしました。このかおという名前ですが、本当に適当につけました。ということでまったく意味はありません。
とはいっても、思いつくまでにいくつかのプロセスがありました。
まず、どういう名前にしようか考えたときに、手元にはメモ用紙がありました。そこには人の苗字が書いてありました。○○さんと。その時の苗字の先頭が「か」だったのです(加藤とか加とかでしょうか)。そこから「か」で始まる名前にしようと安易に考えました。
また名前は身近であることがいいとも思っていました。そして自分の名前には関連しないこと。この2つを意識したときに、かお=顔 ということで決めてしまいました。ただ、いまとなっては正直ちょっとわかりにくいような気がしています。文中にかおです。というとなんだか変な感じがするし、だからといってかお。というのも変です。
ちなみに上記のような理由なので、かおの最後につく丸は、特に僕としては関係ありません。あってもなくても。ただし僕は文章の最後に丸をつけるクセがあるので、どうしても単語のうしろにも丸を付けてしまいます。
記事のタイトルにも丸が付いているのはそういう理由からです。単なるクセ。
ということで、まだしばらくはかおとして活動していきますので引き続きよろしくお願いします。
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先週、2011-01-29 驚という記事で、ランキングの事を少し書きました。おかげさまでなんと5~8位をうろちょろしています。僕としてはもう十分過ぎます。今度は過大評価じゃないか。という不安がでてきます。
今の順位はとても満足しています。このまま維持できるように頑張りたいと思います。
コメントへの返信で記載した内容ですが、改めて。
アイコンが控えめな大きさなのは、意図的です。会社や周りの目が気になるところでも大丈夫なようにと思っています。そしてそれは自分のためでもあります。
彼の紹介記事で、クリックを依頼するような一文を入れましたが、やっぱり僕にはどうも似合わない感じです。ということで、これからはたまにクリックを依頼するような文章をいれつつ、今までのスタイルを維持できればと思っています。
あと、こうやって上位に上がって一つだけ今までと違う事があります。それは他のブログを紹介しやすくなったと言うことです。今まではまるで広告のような意識を持ってしまい、他のブログを紹介することには若干抵抗がありました。慣れもありますし、むしろ僕のブログを経由して、他の人にも知って欲しいということで、積極的に他のブログにもリンクができるようになりました。
もちろん順位が上がっても僕は僕のままです。書く内容が変化することはありませんし、読者の方との距離感も今まで通りです。そして下品なこと軽薄なことも今まで通りです。これからもよろしくです。
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彼が風邪を引いたようです。寝込んでいます。
前に韓国の時もそうでしたが、週に3-4日会っているので、ここまで会わないのはさすがに寂しいですね。僕は具合悪くても会いますが(というより看病してもらう)彼は気にする方なので、一人で闘病しています。なんだか気の毒ですね。僕も風邪を引かないように注意したいと思います。
みなさんも気をつけて!僕としてはマスクを勧めたいと思います。いろいろな意味で。
※21:46追記
だいぶ元気になってました
2011/02/05 ブログ


こんにちはかおです。今日は手書きのブログです。パソコンに向かって書くのとは、また気分が変わりますね。さて、何を書こうかな・・・。
字に人柄って出るのでしょうか。僕の書くこの字はどうなのでしょう。上手とは言われませんが、下手とも言われません。そういった意味では30才らしいのでしょうか。
ちなみに彼は、大学生らしい字を書きます。
他の方のブログで、字が出ている場合、上手というより、まぁかわいい。なんであんなにかわいい字が書けるのでしょうか。かわいい文字を見ると、少し興奮しませんか?
社会人になってから、ペンを握らなくなりました。あぁ大変だった。大学のレポートを思い出しました。
※参考
以下のサイトでそれぞれ他の方の字が見られます。みんなかわいい!
国境、非在、あるいは百年の祈り[2010/12/31]の記事
年末のあいさつが書かれています。とてもかわいらしい字です。ちなみに翌日1/1の記事にも文字が書かれています。これもまたかわいい字です。そしてそして1/6の記事にもあります。
CATWALK.[2011/1/13]の記事
小6だって!なんてすばらしいのでしょうか。個人的にはとても好きな字です。
※短い!やっぱり手書きは大変だ!
2011/02/04 考え(ゲイ関連)

みなさんは女装したことはありますか?趣味でやる場合もあるだろうし、イベントや罰ゲームで行うこともあると思います。
僕は・・、妹がいるのでファンデーションやマスカラなどのごく軽微なことはやったことがあります。しかしそれぐらいがせいぜいで、とてもとても女装というほどまではいきません。ちなみに妹は一重で目が小さいんです。僕は二重で目が大きい。そういう意味では僕の目元は僕よりも妹についていればよかったのに。と思っている。妹は冗談でよくそのことを言っています・・・脱線しました。
僕は自分の女装にも、友人の女装にも全く興味がありませんでした。もちろん今もありません。しかし女装を通じて大変興味深いことを聞いたことがあります。それからは女装を見るとその言葉を意識するようになりました。
簡潔に言うと「女装はハマる」らしいのです。その理由が「自分が思っているよりも少しだけかわいいから」だというのです。
僕はこの時に非常に強い衝撃を受けました。そもそも女装にハマる理由というのは全く理解のできないことでした。そのハマっている友人が女性になりたいということであれば理解できる。ただ、その場合は女装という言葉の方が不適切な気もします。
しかし意外と多いのが、普段はゲイとして言葉遣いも男性だし性の対象も男性。そういう一般的なゲイが女装をするのです。これって単なるコスプレの延長なのでしょうか。
ハマる理由として「思っているよりも少しだけかわいい」というのは、すごく重要なことだと思います。
だって僕がもし女装をしたら・・・。そんなの絶対ナシ!に決まっている。そう決まっているんだけど、圧倒的にナシだと想像している今の状態から、女装後を鏡で見て、普通レベルのナシだったとしたら・・・。そのギャップをアリと勘違いする可能性は大いにあります。というよりも僕だったら勘違いする!
そう考えると女装にハマる人の心理が少しは分かるような気がするのです。。
※ちなみにかわいい子の女装は僕は大好物です。念のため。そしてかわいい子の男装も。
※昨日とは一転して、今日は画像はとても気に入っています。
2011/02/03 微エロ

乳首は気持ちいい器官であることを知っていますか。あなたの乳首は、あなたがなにもしないのであれば、決してあなたに報いてはくれません。しかし与えた愛情や努力に比例して相応の反応を示してくれるとても健気な器官でもあるのです。
乳首が感じる男の人は多いように思います。もちろん個人差もあり、くすぐったいだけだと言う人もいます。しかし大半は気持ちいいと言うのではないかと考えても問題が無いと思えるほど、大半の人は気持ちいいはずです。そういう点ではお尻とは明らかに違います。(おしりは諸事情ありますので)
生まれつき感じるようなエロの才能に溢れている人は別として、後天的に開発することがとても大切だと僕は考えています。僕が学生のころ、乳首は全く感じませんでした。触られているだけという感じで、別に触らなくてもいいよ。そのような場所でした。そんなことよりももっとダイレクトにアソコを触ってくれよ!と。
しかし今。僕にとって最も感じる場所の一つだという自覚があります。残念なことに誰かに開発してもらったわけではありません。そんな相手は悲しいことにいなかった。必要な時期に必要な環境が得られないのはよくあることです。結果的に自分で開発しました。
開発というと、さも大変なように思うかもしれません。しかしその方法は非常に単純なんです。恋人がいないときは、「右手を恋人」とすることがあると思います。もちろん恋人がいても、右手が恋人になる場合もあります。いや、左手が恋人か??
この時に一緒に乳首も触ればいいのです。ただ、ただそれだけです。最初は感じないと思います。というよりしばらく感じないでしょう。それにもかかわらずただ単に触っているのは、気が散るし継続は難しいかもしれない。しかも冷静に考えると、乳首を触りながらアソコも触るなんてなんだかすごくいやらしい。
しかし我慢です。何回か、できれば数ヶ月ぐらい。するとだんだんと乳首を触りながらでなければ感じ無いようになってくるはずです。物足りないというか。それを超えると、乳首だけで十分に感じるようになります。僕はアソコをどれだけ刺激されても声を我慢出来ないほどではありません。しかし乳首に関しては、漏れでてくる声を抑えきれないほど気持ちいいという自覚があります。気持ちいい種類は明らかに違いますが、声を抑えられないほどだといえば、少しはその気持よさ伝わるのではないでしょうか。かつてはSの恋人に乳首を触られながら「声を出すな」とよく責められたものです。
これを読んでいる人でまだ乳首が感じないと考えている人。ぜひ、ぜひ、乳首を触り続けてほしいと思います。その努力は必ず報われ、感じるようになるはずです。根気と愛情が乳首には重要なのです。
そうはいっても・・・そういう人は僕が開発を手伝ってあげますよ!
※この画像。非常にキライな画像の一つです。(画像を管理するときにアップNGに分類していたほどです)なんですが、とりあえず身体に関連するので、掲載しました。後で読み返してやっぱり納得いかない場合には他の画像(風景)に差し替えるかもしれません。
※先日からのランキングへのクリックを促す案内のおかげか、順位が大きくアップしました!!ありがとうございます。(僕としてはとても満足していますので、後は維持できるかどうかです)
※ 2011-02-08 追記
ラグナさんがこの記事を受けて、自身のブログに記事を書いていただきました。
Nipple Sensitivity ~ 快楽へのスイッチ:ラグナ君の天気予報
2011/02/02 カップル(彼関連)

僕はスキーを今の彼と一緒したのが初めてでした。彼に連れられてスキーを初めてすることになったのです。あぁそうさ。友達もいないし臆病でめんどくさがりだからスキーから逃げてたんだ。
彼は北国出身なので、子供の頃にスノボではなくスキーをしたことがあると言っていました。久々にスキーがしたい!と。僕は全く乗り気ではなく、むしろ嫌気さえしてたんですが、まあ経験になるなら。そして仕事のお客さんでスキーツアーの代理店があるということで(特にコネがあるわけではありませんが、そのサービスを利用したかった)一緒に行くことになりました。
寒い!眠い!しんどい!できない!こわい!と。嫌な事のすべてが揃っているように思えるスキーへの参加は地獄への第一歩でした。そりゃァ彼はいいよ、だって経験者だし出来るんだから。
でも僕は初めてだし、スノボもスキーも出来ないし。いまさらケガでもしたら最悪だし、と考えていました。
彼はどこから見つけてきたのか知りませんが、ファンスキー(スキーボード)をやると言うのです。ファンスキーは彼も初めてでどこまで出来るのかわからないと言っていました。。僕はファンであろうがなかろうが、出来ませんと。
最初のスキーは2泊だったかな?で、1日目は本当に苦労しました。第一、立ってられない!スキー板を履くだけで大変だし、履いてもすぐに尻餅つくし。はぁぁと人生で最大のため息をそのときに付くのでした。もう放っておいて!勝手にやってて。僕も勝手にやるからと。最初の一日目はそんな感じです。
そんな僕でしたが、今ではそこまで下手っぴではありません。初心者コースは滑ることができますし、簡単な中級者コースもすべることができるようになりました。すごく楽しい!とまでは行かないんですが、楽しい、ぐらいにはなったかな。
まあ僕はそうこうしているうちに、彼はくるりと一回転できるようになったり、後ろ向きで滑ったりとか、まあ差は相変わらずなんですが。努力したい僕ですが、なかなか練習することができません。
※画像は先日のGALA湯沢です。
2011/02/01 カップル(彼関連)

まだ彼とはメールだけの時、一回会ってみようという流れになりました。会うという話になるまで、またそういう話になってからも画像は交換しておらず、お互いタイプじゃなかったら面倒な事にならなければいいけど・・・などと不安に思いながらも適当に対応していました。変な話ですが、出会いを求めていなかった僕は、会うことに対しては消極的でした。会おうとする彼の勢いも一時的なものだと僕は考えていたのです。
しかしその週の休日になっても、その時の勢いのままに会おうということで時間と場所を決め待ち合わせをしました。そしてこのときもまだ画像は交換していませんでした。
画像の交換をしない場合、大抵はダメ(=ぶさいく)であるというのはおそらくみなさんが経験されている通りです。隠そうとしている訳ではないのでしょうが、そのように僕は受け取る事にしています。まあいいや。そのように思って僕は画像の交換をしないまま待ち合わせの場所まで向かいました。
すると会う時間のギリギリになって、画像を交換しようというメールがきたのです。「今○○駅だからもうすぐだよ。」「画像交換しない?」みたいなかんじ。なんだよここまできて結局交換するのか。そのように思いながらも交換に応じました。おそらくそれは、会ったときにすぐに見て分かるように。合流しやすいように。という意図だったのかもしれません。
相手から送られてきた画像は、可もなく不可もなくというのが僕の第一印象です。別に恋人探している訳じゃないし、タイプじゃないわけでもないしいいか。そのときはそのように考え、彼と会いました。
喫茶店に入りコーヒーを飲みながら適当に話をしました。
しかし彼はほとんど会話をしませんでした。(注:彼曰く「ちゃんと会話したよ」ということですが、僕にはそんな印象ありません)
今でも人見知りの彼は、そのときもやはり非常におとなしく、初めて会ったときは僕が一方的に話をしたのです。
さすがに僕の事がタイプじゃなくても、もう少し話しをするのが礼儀だよなぁと考えながら、よっぽどダメだったのかと思ったので、失礼にならない程度の時間を喫茶店で過ごし、「そろそろ帰ろっか」と言ったのです。
彼は少し間をおきながら「このまままっすぐ帰るの?」と聞き返してきました。仕方が無く社交辞令も含めて「うーん。どうしよっかご飯でも食べる?」と一応のお誘いをすると、なんと相手がそれに乗ってきたのです。
今まで多少の出会いというのをしてきましたが、ここまで脈無しに思わせておきながらのコレは非常にビックリしました。食事中に何の会話すればいいのか、どこで何を食べるのか考える前に大変焦りました。
いつもの僕であればお酒を飲みに行くことが多いですが、このときは僕がバイクだったこともあるし、相手の年齢もあるし(彼は未成年でした)、軽く食べられればいいと思ったし、話のネタにもなるのでもんじゃを食べに行きました。(ちなみに僕は下町育ちなのでもんじゃを子供の時から食べていました)
記念すべき最初の食事ですが、残念な事にあまり詳細は覚えていません。ただ、今でも記念日はもんじゃを食べるように意識しています。そんな8月の終わりの出来事でした。
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※画像は彼です。彼の実家に遊びに行ったとき。一番最初に交換した画像はもっとヘンなのでした。この画像が最初から送られてきたらがっついてたのになぁ。
※2011-02-02 追記
げんやさんが僕のこの記事を受けて、ご自身でも記事を書かれました。ぜひ一緒にお楽しみください >> [2011/02/01] ヤマなしオチなしエッチなし