過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。30代のカップルです。

オレはオレの言葉を使えていますか?

   

最近は情緒不安定だと書いているので、その不安定さがより濃く出せるのではないか。と思って急きょこの話題で書きたいと思う。ダメな時にはそれが強く出せるのも面白そうだし。

文章って改めて難しいと思う。

何も言葉の使い方とか、言い回し。表現が苦手などということではない。少なくともそういう意味の部分に置いては、オレはこの手法で十分満足している。そりゃぁすごい人から見れば稚拙だとか、さんざん言われてしまうかもしれない。だけどオレのできる範囲という意味では問題の無いレベルというあたりじゃないだろうか。

さて、何が難しいとオレが思っているのか。それは意図が意図通りに伝わっていないことが一つ。それから自分が表現したいと思っていないことが文章に表現されてしまっていることが一つ。

最初の一つはまあいい。日本語の授業でさんざん習ったと思うけど、主語と述語の距離は近い方がいいとか、形容詞はほどほどにとか、点とか丸(句読点)の打ち方だったりとか。その工夫である程度解決できる。それにオレは仕事において説明をする機会が非常に多いので、「伝える」事についてのトレーニングは積めていると思う。
幸いにも読んでくれている人は、行間を読む人ではなくちゃんと文章を読んでくれているので、大きなズレは無い。
だから、意図と違うように伝わってしまった場合には、オレの書き方が単純に悪かっただけで、反省し、大きくなるチャンスでもある。
※ちなみに関係無いですが、オレとは違う意見を持っているという反論のコメントもとてもうれしいです。たとえ読み違いから発生したとしても、うれしいことだと考えています。

そして。表現したいと思っていないことが文章に表現されているというのが怖い。オレはコメントはすぐには公開されないようになっている。そのため、コメントを書いている人は、他人がどのようなコメントを書いているのか分からないはずである。しかしコメントがすごく似通っているときがある。そしてその方向性が、オレの意図しない方で一致していることがあるのだ。
例えば先日の記事。「彼に綴る記事。」と言うのを書いた。で、ここには少なくとも好きとか嫌いとかの表現を盛り込んだつもりは全くなかった。むしろ事務的な表現をするように気を遣ったぐらいである。「お礼の文章を書くつもりだったが~」という表現をしているように、彼に対する想いは全然書いていない(つもり)だった。
しかしコメントは皆さんからオレの彼に対する「大きな想い」を読み取ったのである。

また、「簡単な言葉を使いましょう。」では、道草さんという方から、「愛に溢れた今回のブログ。きっと何かあったんやろねw」というコメントを頂いた。今の状態から察するに、確かにこの記事を書いたとき、オレに自覚はなかったとしても、情緒不安定の始まりの時期だった可能性はある。しかもオレは記事は1ヶ月ぐらい前に書きためていることが多いんだけど、「簡単な言葉~」の記事から今日までの記事というのは、公開の前日ぐらいに書いている。だから今の精神状態を表していると考えられる。
もちろん他の記事は書いた時期がめちゃくちゃなので、今の精神状態は表していない。
ちなみに、精神的な部分が強くでている「オレが許そう。」という記事は全然違う頃に書いている。これらは読み手の持つ印象は異なるのだろうか??

オレは、この記事を書くに当たって思ったままを書いている。もちろん読者に誤解を与えないように言い回しに注意しながら。

しかしそこから読み取られる雰囲気は、精神状態の違いが色濃く出ていると言うのだろうか。もしそうだとしたら、知らない間に他人を傷つける事につながるのではないか。とても心配である。もちろん意図しない間に人を励ます可能性もあるので、悲観ばかりではないが。

オレはオレの言葉をちゃんと使えていますか?そしてそれはちゃんと伝わっていますか?とても不思議です。
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