理想のこと。その3

理想が重要。前回まででその重要性はさんざん書いた。
しかし理想を確定させるだけでは全体の半分しか達成していない。ただしもちろん半分も達成しているのだから、幸せになる条件の第一歩は踏み出したと言っても問題は無いと思う。
しかし、より上を目指すためには次のステップが必要になる。
それが我慢できるところを明確にすること。
理想という言葉から想像することは、おそらく全員が、望んでいる部分や希望とする部分を挙げると思う。もちろん間違ってはいない。
自分が追い求める像が明確になったら、次は切り捨ててもいい部分を明確にしなければならない。
特に僕の年代の場合。友人は理想の相手に会ったとしても、それ以外のイヤな部分で別れている。結局、譲れない部分がはっきりしてないのが問題なのである。
例えば顔や性格については、比較的理想像として挙げられやすい。
「よし分かった」と。じゃあその、顔や性格のめちゃくちゃタイプの人と出会いました。しかしその人は無職でした。さぁどうする?と。
別にフリーターぐらいだったら問題無い。そのように友人は言う。じゃあ、クリスマスでちょっといいところでご飯食べたりしたいだろう。大丈夫だろうか?
たまには金額じゃなくて景色のいいところとか、デートで船に乗ったりとか気分変えたいよね。大丈夫だろうか。
もちろんプレゼントが欲しいとか、そういうことは望まないと思う。だけど、ちょっとしたそういうことが、フリーターだということで、気にならないのか。そしてそれが長期に渡って続く可能性がある場合はどうするのか。
という話になると、友人は確かに自分の性格じゃ無理かも。と。
理想にばかりとらわれるのはとてもすばらしいことだと思う。だからこそ、目をつぶれる場所・つぶれない場所にもとらわれるべきだと思う。
特に理想というのは、本能にも近いので意識しなくても、それぞれが何となく理解しているはずです。
しかし我慢できる場所というのは、ほとんどの人が理解していない。優しい性格であれば、自分に責任を漠然と感じ、他人に理由を求める人であれば、あいつとは合わなかったの一言で終わってしまう。
そしてその間違いを何度となく繰り返す。
恋愛はビジネスとは違う。だけど似ているところも多い。取る仕事と捨てる仕事をはっきりさせている人や会社はすごく強い。それが自信につながるし、実績につながるから。
だから、例えばブサイクであっても武器になるし、かわいくても武器にならない。もちろん一定の条件っていうのは、仕事だって恋愛だってある。特に体型とかもろもろの諸条件の残酷さは取り返すのが非常に大変でもある。
だけど、例えばブサイクだという自覚があれば武器になる。なぜなら相手の容姿についてもおそらく妥協できるだろう。妥協できるもしくは、そこまでイケメンを望まない。という理想は、捨てられる部分を想像しているわけだから、幸せに慣れる条件を結果的に持っていることになる。