好意の有無と話し方。

好きという気持ちを伝える方法には様々ある。一般的とは言わないけど、ゲイの世界にはその伝え方に男女の場合とは違う方法があるように思う。
一般的に男女の場合、好きとか付き合うっていうことは、数回のデートの後に伝える事になる。そしてもちろん、プロセスの中でのデートというのは、付き合うことの合否を決めるのにとても重要な役割を果たすし、重要なステップであると考えるべきである。
会話が楽しいかどうか。というのはもちろんのこと、エスコートや誘導の方法、プランの内容まで色々と精査されるのである。もちろんすべてが成功である必要は無く、価値観をそこですりあわせることが重要だと考えている。
しかし男性の恋愛の場合、もう少し直接的でゴールまでの道のりは近い。また特にゲイコミュニティの中でのコミュニケーションの場合、オールなどで一晩を健全・不健全に過ごす機会も多く、それもまたゲイの恋愛を象徴しているように思う。
自分が相手のことを好きだとアピールする場合、それを表現する方法は様々である。男女の場合はトーク力が重要かもしれないし、男性の場合には容姿も棄てがたい部分である。そして自分が好意を寄せる相手に、常に隣にいるという方法を取ることもあれば、逆に好意を寄せている人とのコミュニケーションを遠慮がちになってしまう場合もある。
ゲイの場合には遠慮がちの場合は、非常に厳しい結果が待っている。コミュニケーションを取ることができなければお互いに脈なしと判断されてしまう場合がほとんどである。人にもよるが、いわゆる「待ち」の状態になってしまう。だから永遠に仲良くなることなどできない。
積極的にコミュニケーションを取る場合。これもまた難しい。タイプというのはそれぞれである。たとえば僕がすごく好きな人に積極的に話しかけたとしても、相手が僕のことをタイプじゃない場合。そのときはどうすればいいのだろうか。逆に相手が積極的に話しかけてきてくれても、僕がその人をタイプじゃない場合もありえる。
いちいち気にしていたら会話などできない。だけどいちいち気になるのも事実である。
僕自身の場合はスイッチが切り替わるときがある。好きとか嫌いが関係なく、好き勝手話せる場合や人。逆にどうしても、、、そして絶対意識してしまってうまく話せない場合がある。もちろんうまく話せないというのは、気の利いたことやおもしろい会話ができないか、場合によってはまったく会話ができないという意味で。
相手が僕のことを、普通に話をすることも嫌悪している場合、さすがにそれはすぐに分かる。このときには会話がほとんど成立しない。
だけど、好いてくれている場合と、嫌っている場合の態度はすごく共通しているように思う。よそよそしいことと、話が続かないこと。このときに、僕はもっとがんばってアピールをするべきなのか、それとも早々に見切りをつけるべきなのか。
逆もそう。話しかけてきてくれるのに、うれしさとは裏腹に会話が続かないことがある。あんまりベラベラしゃべって印象を悪くしたくないし、緊張しちゃって何を話ししていいのか分からない。どうでもいい人の場合には、適当にあしらえばいいだけだし。
と、僕自身の場合には考えてしまう。
逆にそういう場面を目撃したとき。もっと押せばいいのにとか、それ以上積極的に押しても無意味だよって、当事者じゃ無いから必要以上のことまで読み取ってしまう。
男女の場合に、強い押しはたまに報われることがあるのに対して、男性のそれはほぼ報われないのが非常に残酷に思う。
そうなんだけど、やっぱり自分の好きって言う気持ちと相手の好きっていう気持ちがすごくぴったりの時にうまく行くのが一番幸せだよねっていう話。
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