過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。30代のカップルです。

染まってない人希望という話。

   

ゲイの出会いをする中で、あまり業界に慣れていない人がいいという話を聞くことがある。慣れている人=遊んでいる人という図式なのかもしれないし、慣れている人=友達が多い=浮気が心配
ということかもしれない。

しかし非常に微妙なことがある。たとえば何を理由として慣れていると判断されるのだろうか。2丁目に行く人?友達が多い人?サークルに所属している人?

確かに染まっている人というのは、ちょっと異質なところがある。たとえば僕の場合、社会生活をしっかりと営むことができるのか。というのは重要な指針である。しかしあまりにも染まりすぎてしまっている人は、どう考えても社会生活を営むことができないであろう人も一定数存在する。(その場合、マイノリティ向けの仕事に就ければ、幸せなのかもしれない)

そういう場合は別として、普通程度に染まっている人ならば問題ないと思う。

2丁目で遊ぶことを指標にするのはどうなのだろうか。確かにお酒を飲む場合、飲まない場合に比べて、出会いのチャンスは広がるかもしれない。しかしそれは交友関係が広まるいい意味でのこととして考えることもできる。これをいやがるのはあまり説得力が無いように思う。

結局のところ、処女信仰に近いものがあるのかもしれない。

昔に比べて、2丁目の存在は身近になっているように感じる。それは僕のようなあまり積極的に他者との交流を持たない僕でさえも新宿で飲むことがあるからかもしれないし。ツイッターなどで、比較的簡単に誘ったり・誘われたりできるからかもしれない。

確かに昔に比べれば、染まってない人という条件をつける人は少なくなった。しかしまだまだ根強く、この染まってない人というあいまいな条件は存在しているのである。
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