2011/07/07 考え(ゲイ関連)

ゲイの出会いをする中で、あまり業界に慣れていない人がいいという話を聞くことがある。慣れている人=遊んでいる人という図式なのかもしれないし、慣れている人=友達が多い=浮気が心配
ということかもしれない。
しかし非常に微妙なことがある。たとえば何を理由として慣れていると判断されるのだろうか。2丁目に行く人?友達が多い人?サークルに所属している人?
確かに染まっている人というのは、ちょっと異質なところがある。たとえば僕の場合、社会生活をしっかりと営むことができるのか。というのは重要な指針である。しかしあまりにも染まりすぎてしまっている人は、どう考えても社会生活を営むことができないであろう人も一定数存在する。(その場合、マイノリティ向けの仕事に就ければ、幸せなのかもしれない)
そういう場合は別として、普通程度に染まっている人ならば問題ないと思う。
2丁目で遊ぶことを指標にするのはどうなのだろうか。確かにお酒を飲む場合、飲まない場合に比べて、出会いのチャンスは広がるかもしれない。しかしそれは交友関係が広まるいい意味でのこととして考えることもできる。これをいやがるのはあまり説得力が無いように思う。
結局のところ、処女信仰に近いものがあるのかもしれない。
昔に比べて、2丁目の存在は身近になっているように感じる。それは僕のようなあまり積極的に他者との交流を持たない僕でさえも新宿で飲むことがあるからかもしれないし。ツイッターなどで、比較的簡単に誘ったり・誘われたりできるからかもしれない。
確かに昔に比べれば、染まってない人という条件をつける人は少なくなった。しかしまだまだ根強く、この染まってない人というあいまいな条件は存在しているのである。
2011/07/06 昔の話

僕は特に気を遣っていなくても、あまりゲイバレすることはない。それは僕自身が男性的で男性だからっていうのがある。ゲイの中には女性的男性もいるので、その場合は気づかれる可能性が飛躍的に高まる。
相当に酔っぱらうと、「彼女」と言うべきところを「彼」といってしまうので、それはアブナイと自覚しています。
さて、今日は気づかれたときの話。
僕と彼が一緒にいる状態で、僕たちがゲイだと言うことを知らないシチュエーションというのは非常に少ない。僕の一般的な友人に彼が会うことは今のところないし、その逆も少ししかない(大学祭などで彼の研究室の人と会うことがたまーにあるぐらい)
そうなんだけど今まで彼の実家に遊びに行ったことがある。(行ったことがあるというよりも毎年行ってます)
そのとき、彼と同年代ぐらいの親戚の子が来ていた。この子に気づかれたのである。(若い子はすごいと思った瞬間でもあった)
いつもの通り、そして遠慮知らずな僕は彼の実家でも、彼を差し置いて彼の家族と泥酔していた。そのときの記憶は非常に曖昧で、そこで気づかれるような何かがあったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
このときは親戚の子も特に僕たちのことは友達同士ということで認識していたように思う。
東京で会ったとき、親戚の子と彼が仲良くしゃべっていた。そのときに、僕の表情を伺うように、チラチラとこっちを見ている。このとき、「あぁこの子には気づかれてるんだな」そのように思った
もちろんそれだけなので、僕の勘違いかもしれない。でも確信に近い気持ちである。
僕はとくに隠す必要も無いと考えているし、その親戚の子も態度から察するに別に何とも思っていないようだし、そもそも今の大学生であればゲイにたいする抵抗も少ないと思う。
意図せざる形でバレてしまったことは若干問題があるが、態度が変わらないところを見ると、やっぱりカミングアウトは敷居が低いのかとも思うのである。
2011/07/05 考え(ゲイ関連)

カミングアウトについては、三部作で終わりにする予定でした。が、いくつかの興味深いお話を頂いたこともあって、今回もちょっと言及したい。
誰かに何かを伝えるとき、その情報が正しく伝わる保証は全く無い。だから例えばビジネスの世界では、最低限の内容については契約という形で、書いて約束を結ぶわけだし、社会を生きていく中では、それは常識をよりどころにするかもしれない。
カミングアウトについても、同種の問題が発生する。
ゲイであることを伝える時に、それが誤解が無くすべて正しく伝える・伝わると期待することは一種の無謀では無いかと考えている。
いくつか思いつく部分というのはある。例えば僕の説明するゲイと、ゲイのほとんどが感じるゲイというのは違うかもしれない。そう言う意味でも僕自身がそれを説明するために口を開いた瞬間から誤解は生じる可能性がでてくる。
もちろん僕自身の気持ちや考えを、より忠実に慎重な言葉を使ってそれを説明しても、まだ誤解は生じる。例えばそれは言及していない部分での誤解かもしれないし、すでに持っているイメージからくる誤解かもしれない。
例えばゲイと宣言することによって、それを聞いた人は「女性言葉を使ってないじゃん。家族の前では使ってないけど、ホントは使ってるんだよね?」という誤解かもしれない。
極端な場合であれば、それって病気なの?とか、治るの?とか。
これはもう仕方の無いことだと思う。
そしてこれは派生した別の問題を生む。僕→友人→友人 という伝達が行われる可能性である。僕から友人に説明するとき、それはなるべく事実を伝えるし、そこから生じる誤解というのは、そこまで大きくならないだろう。しかし友人が友人にそのことを伝える時、そこには恐ろしいほどの誤解が含まれる可能性がある。
一つは、おもしろ半分という人がいるであろうこと、事実をよく知らない人が噂をすることによって広まる話。それが、僕の無視できる範囲であれば、問題無いと思う。しかしそうも言ってられない状況になる可能性もある。
それについて、僕としては友人を選んで伝えるので、そこから広まることは基本的には無いと考えている。しかし「それは絶対に無い」という意見もある。であるならば、そこから広まるのは仕方が無いのではないか。思いつく具体的なデメリットというのがあまり想像できない。
※ちなみに今まで伝えた数名から他に漏れたことがない(漏れた事実を知らない)ので、今後もそれを想像してしまう。
僕は他人の行動をコントロールしたいとは思っていないし、できるとも考えていない。だから僕が友人たちに伝えた後、その友人がどのような行動を取るのかについては、友人にゆだねるしかない。そしてその考えは今までにおいてはうまくいっていた。
これからは職場でもある程度はオープンにしていくことも視野に入れているので、(少なくとも部下には伝えた方がやりやすいような気がするし)
意図しない形で、伝わることもしっかりと考えていきたい。
2011/07/04 考え(ゲイ関連)

友人へのカミングアウト。
非常に難しいと思う。今まで書いた、兄弟や親へのカミングアウトについては、受け入れる・入れないというのはあっても、それが原因となって、疎遠になることは基本的にはあり得ないと考えている。だって家族だもん。逆にそれは僕が、今の僕の価値観では受け入れることが難しいような告白を家族から受けたとしても、それが法律で問題がなければ、ある種のあきらめかもしれないが、その事実を受け入れるだろう。
一方で友人は、価値観の違いは距離感につながると考えることもできる。もちろんそんな人が多数ではない。だけど、一部そういう人がいるし、そういう悲劇は聞いたこともある。「言わなければよかった」と。もちろん大多数は「言ってよかった」となるのかもしれない。
僕の場合。
僕は今つきあいのある友人にはそれを伝えてもいいと思っている。今まで、「伝えない」「伝える」であったが、今回は「伝えてもいい」
もちろん伝えれば友人の全員はそれを受け入れると思う。
今まで僕はつきあった人には、男性とも女性とも付き合ったことがあると伝えてきた。そして今まで全員がこういうのであった「かお。らしい」と。
よく分からないのだが、僕はどん欲らしく、そういう意味で男女関係なくそういうことを追求しそう。という、いいことなのか悪いことなのかよく分からない理由を言われたことがある。また「かお。は男でも女でも何でもいいんでしょ。たとえ動物でもね(笑)」とも。
恋人関係、もしくはそれが近くなるときに告げるのは、毎度のことになっていた。僕は今までの恋人の履歴を開示したいとも、して欲しいとも思わない。だけど、まあそういう会話は普通なので、いちいち隠したり置き換えたりするのが面倒。それに僕とつきあうぐらいなので、相当な常識とは違う数々の行動は受け入れてもらわなければならない。
友人たちも同じ。僕と懇意にしてくれる友人たちは僕の常識外れの行動はもう理解してくれている。だから今更好きの対象を伝えたところでいちいち驚かないと思う。で、だからこそ、いちいち報告することなのか。と僕は考えてしまうのである。
「かお。のことだから、いちいち驚かない」そのようなことを言われるために僕はカミングアウトする必要があるのだろうか。
2011/07/03 考え(ゲイ関連)

兄弟へのカミングアウト。僕には妹が二人いる。そして一人の妹への軽いカミングアウトはすでに行っている。
というのも、僕がバイであることはすでにずいぶん前に伝えていた。大学生時代だったと思う。女の子とつきあっていた時にはそのように報告したし、男性とつきあっている時にはそのように報告した。
妹はいわゆる腐女子なので、特にそれには抵抗が無いようである。ただし現実のそれには全く興味も無いようで、話を聞かれたことはほとんど無い。「今は男の子とつきあってるの?それとも女の子?」ぐらい。質問が淡泊なところをみると、単純に興味が無いのか、嫌悪しているのかのどちらかなのかもしれない。
親へのカミングアウトについて、僕はしないと書いた。そして妹については、した方がいいと考えている。
それはやっぱり年齢によるものが大きい。別に僕にとって、妹の存在というのは人生において大きな意味を持たない。家族だけど、仕事も関係ないしそもそも妹の一人はすでに結婚しているし。
しかしゲイとかバイについて、妹はそれを知って考えることができるだろうし、受け入れることだってできるかもしれない。もちろん受け入れられないのであれば、それはそれ。
一人の妹は年齢が僕と一つしか違わない。だから告げることは何ら問題も無いし、日常会話の中で、それを伝えるチャンスというのは大いにあった。
しかしもう一人の妹。こちらが問題である。
何よりも問題なのは、二人で話すことが全くないということ。10歳も離れている妹は、今は20歳。もちろんゲイのことは知っているだろうし、おそらくすんなりとそれを受け入れると思う。
しかしどうやってそれを告げるのか。わざわざ呼び出すなんて絶対無理。でもこれからもきっとっ二人になることは無いだろう。
現実的なのは兄弟3人で会うタイミングを作って、(妹の卒業祝いとか就職祝いとかでね)そのときに、しれっと言うのが現実的だろう。
2011/07/02 考え(ゲイ関連)

いくつかの記事に分割して書きたいと思う。カミングアウトというのは、その対象者によって、考えるべき場所があると思うからだ。
避けて通れないのが親へのカミングアウトだと思う。
ということで、今回は親へのカミングアウトについて。他には友人や(元)恋人へのカミングアウトについても書きたい。
まずカミングアウトについて僕自身が思うのは、そこには自身のエゴが含まれているのではないかという事である。
もちろん嘘偽りのないありのままの自分を表現し、それを家族や他者から受け入れてもらうことは非常に重要なことだと思う。
一方でそれは、オープンにしたいという自身の気持ちが強くなりすぎないように、僕は注意したい。それを言われた方にも、新しい価値観に対峙しそれを受け入れるのか拒否するのか、今までの価値観との葛藤は少なからず生じることになるのではないか。
カミングアウトは容易ではないだろう。それは簡単に想像できる。相手が嫌悪を示した場合、否定的・批判的だった場合。告白することが引き金となって、それまでの関係を維持できなくなる可能性もある。そこまでのリスクを冒してまであえて告げる必要はあるのだろうか。
そして一番身近で一番大きな存在なのが親であると思う。
僕の話。
僕は「親に対してだけはカミングアウトをすることは無い」と考えている。いくつかの理由がある。別に親が受け入れないからとか、否定的に考えているからという理由で告げない訳ではない。きっと親は戸惑いながらも、僕の主張を半ばあきらめながら聞くだろう。そして、たとえ理解できない・受け入れない状態だったとしても、今まで通りに生活は行われていくと思う。親はいい意味でいままでそうだったし、悪い意味でもそうだった。
僕はこのような親の態度をむしろ肯定的に考えている。僕は自由が与えられた方が、うまくやっていく自信がある。自由にした結果がいわゆる親が考える昔から続く常識とは違ったとしても、それが違法でない限りは、親は僕の行動を咎めたりはしないと思う。そんな親なのである。
そしてそれが想像できるが、一方で僕の親は高齢である。今更それを告白されて新しい価値観に触れることの意味を考えてしまう。もちろん親は結婚を期待している節があるし、僕は長男なので、親の常識から考えると、常識的な道を歩まない不安というのがあるだろう。
だけどそれは最初に挙げたとおり、親は僕の好き勝手にさせてくれている。だからそっちの方で(恋愛はしつつも結婚までは至らないんだろう)と考えてもらえれば十分。
十分に高齢の親にとってゲイという新しい価値観を受け入れることは可能なのか。そういう疑問がある。僕の環境においては自分の親には告げないということなだけで、特に親には黙っていなければならない理由は無い。念のため。
だから僕は親にはカミングアウトをしないと考えている。
一方で彼の場合。彼の親はまだまだ若い。たぶんこのブログを読んでいる方で婚姻している人がいれば、きっとあなたと同じかやや上ぐらいの年齢ではないか?(一般的な年齢で結婚し、大学生の子供がいる年齢・・・)そう考えると、まだまだそれを受け入れられる余地は十分にある。
※ちなみに僕の親はもう60歳とか70歳とかですが、彼の親は50前ぐらい??。
40代とか50代であれば、子供がゲイであることを考える時間は十分にあるし、それができると思うし、するべきなのかもしれない。
だから彼には何かのタイミングで、それを伝えて欲しいと思っている。きっと彼にも相当な勇気が必要だと思うし、覚悟も必要。そしてそれは告白する側だけではなく、親の側も相当の覚悟とともにそれを受け入れなければならないと思う。
だけど、きっともう薄々気づいているのではないか?という期待(恐怖)も若干ある。
いろいろな人へのカミングアウトというのは、おそらく最終的な仕上げとして、とても大きなことだと思う。だからこそ慎重に考えたい。
2011/07/01 フェチ/好み/タイプ

においについては、今まで何回か記事にしている。
2010-12-24 におい
2011-03-01 匂いの話。
大きなくくりでのにおいについては、一通り気になることは書くことができたので、個別の細かい部分について焦点を当てたいと思う。
よだれのにおいとか、汗のにおいとか、下着のにおいとか。においの発生場所と、それをにおう場所はさまざまある。もちろん読者の方にも、色々と考えるところがあると思う。
そんな中で、とりあえず今回はふとんのにおいである。※ちなみにベッドも含む。
布団は不思議だ。枕がくさいことはあっても、布団がくさいことは滅多にない。そればかりか、身体のいいにおいが凝縮されるように思う。今まで、良くも悪くもいろいろな布団で寝た。それはもちろん一夜だけの・・・という関係の布団かもしれないし、恋人の布団の時もある。もちろん友人の布団もだ。
あまり体臭のくさい人というのが友人にいないので、なんともいえない。だけどたとえば疲れてそのまま寝てしまった時、翌朝はやっぱりシャワーを浴びないと、体臭は濃縮されている。いいにおいとはいえない。そういった状態になることはよくある。
そんな時でも布団は裏切らない。くさいにおいは布団には付かず、その人の体臭のいい部分を保持してくれる。
彼の家で寝るとき、彼は一緒のベッドでは寝られないということで、別々で寝ている。このとき僕は普段彼が使っているベッドを利用している。
彼の体臭のいいにおいの部分が布団に濃縮されているように思う。
友人が遊びに来て、僕の布団を使う時がある。翌日一人で布団を使うと、やっぱり友人のいいにおいがしているのだ。それはもちろん香水や柔軟剤の香りではなく体臭。
誰かの胸に抱かれて寝たい。そんな願望は皆無だけど、もふっとしたときのこのにおいはたまらなく好きなんだ。
2011/06/30 日常

僕は変な人と知り合う確率が非常に低く、それがちょっとした自慢でもある。このブログでも記事にしたが、初期の頃に数回の「失敗」をしてからは、思いつくような失敗はほとんど無い。
またそれはかつての恋人にも当てはまり、いろいろな経験を積んでその後 “クソ野郎” になった人はいるかもしれないが、少なくとも当時はいい人であった。
僕自身が、変な人と知り合わないために何かを気をつけているのか。そういう意味では、単純に運がいいのだと思う。ほんとにただそれだけ。
たとえば僕は非常にわがままである。それはメールでも感じられるかもしれないし、電話でも感じられるかもしれない。そういうコミュニケーションを通して、僕自身のわがままを受け入れられるような人だったとき、そういう人は優しい人なのかもしれない。
変な人と知り合わないという意味では、僕自身の相当にクセのある性格でもよかったのではないかと少し思う事もある。このクセのある性格でも彼氏も見つかりましたしね!
この油断のせいで、行動に問題が起こるときがある。たとえば連絡先を交換するとき、Twitter上などでは、個人情報を交換せずともクローズされた連絡を取ることが可能である。しかし実際に会うとなれば話は別。ある程度の個人情報を交換しなければならない。
そしてこのときには当然リスクがある。変な人だった場合、、、そしてそれがTwitterやネット上ではさも常識人のように振る舞っていた場合、、、そのような時に、個人情報を伝える事によって、ストーカーまがいのことをされてしまいかねない。
だから普通は相手を見極める事によって、個人情報を小出しにするとか、場合によっては教えずにすむ方法を取るのである。
僕の場合、見極めるプロセスがほとんど短縮されている。
だからすぐに連絡先を教えてしまうし、個人情報も開示してもあまり怖いとは感じない。それがたまに相手から指摘を受ける「僕のことまだそんなに知らないのに、なんでも教えちゃって大丈夫なんですか?」と。疑うことは非常に大切だと思う。特にこの世界は何があるかわからないし、どんなリスクがあるかもわからない。
レイプまがいの事も聞いたことがあるし、金銭の授受のような脅迫めいたことも聞いたことがある。ストーカーだってそう。
だから出会いがなれてきても、そういうリスクは常に注意しなければならない。なんだけど、やっぱり僕自身と絡んできてくれる人は、みんないい人なんだろうなぁと、偏向した考えを持っているのである。
2011/06/29 日常

コメントへの返信が非常に遅くて申し訳なく思っています。ということで、今日は記事を使ってコメントへの返信を行いたいと思います。
2011-06-14 神社仏閣でのお願い。
うめきち さん
湯島はあまり行ったことがありません。神田とかの近所ですよね??
マイナスをゼロにするという発想はありませんでした。だとしたら僕もこれからはマイナスの部分をゼロに戻してもらえるようにたくさんお願いしたいと思います。
2011-06-16 複数での性的な話。
ws さん
バランスはあるんですよ。休む人が出ることなく、それぞれがしっかりと役割を果たすことができるような。気持ちよさのレベルが終始みんなが一緒のような。そんな状態をバランスしていると表現したいです!
2011-06-17 出会いのトラブル
kunnta さん
どういうのが失敗なのか。という意味で、基準を下げるって言うのも一つの方法かもしれませんね。確かに色々な人がいるので難しい所ではあります。さすがに僕は、ビデオも請求書もありません。ビデオは気づいていないだけかもしれませんが・・。
wsさん
優しいというだけではなかなか難しいですよね。もちろんタイプって言うだけでも難しいと思いますし。
2011-06-18 腕枕の話。
kunnta さん
“いつもするのはスプーンかな” って部分で、覆い被さることをスプーンっていうんですね?「本格的に寝る」っていうスイッチがあるのはうらやましいです。僕は環境・体勢を問わず寝られてしまうので。
ws さん
もちろん「そう言う状態になる」ってことは、すでに体臭もある程度受け入れられているのかもしれませんしね。でもやっぱり、におわれる方は気になりますよね。
「経験ありませんけど」の一言が秀逸だと思いました。
うめきちさん
全体的な体臭がOKでも、一部分が受け入れられない場合があると思いますので、それが心配です。特にワキ周辺は。
密着した感じはいいですね。これから暑いのでネックになりそうです。
ま、僕も最近は全然してないんですけど。
2011-06-19 性感場所としての背中。
ws さん
背中の写真を掲載したいんですが、なかなか良く撮れないんです。誰かに協力してもらわねば!
Jun さん
ドキドキしてもらえますか!ぜひぜひ。何なら直接見てください!触ってください!
2011-06-21 彼に質問ありますか?という問いとみんなの質問と彼の解答
うめきち さん
彼の解答は本当に辛口ですね。これがコミュニケーションが苦手な人の特徴な気がします。
ゆず茶 さん
「好きな食べ物は何ですか」当たり障りがないじゃないですか。いきなり「会ってくれませんか」とはなかなか言えません。
ws さん
本人は一番戸惑いながら答えていたように思います。ぜひ化粧水と乳液はしっかりとすり込んでください!
2011-06-22 実家で親にいちゃいちゃしているところを見られてしまった。という話。
あかまんま さん
なかなか難しい所だと思います。放置がいいわけでもないでしょうし、踏み込む気持ちも分からなくも無いし。個人的には(親の立場として考えるなら)、買い物などで二人っきりにすることは何となく必要無い気もします。子供の立場として考えるなら、「出てけ!」ですけどw
もちろんプライバシーを暴く行為は、対象が誰であっても反対です。
人感センサーは確かに一つの方法ですが、大げさです!
2011-06-22 HIV検査に関する僕の考え。
sawakichi さん
そうなんですよね。リスク的な行為をしている人に限って、そういう意識があるように思います。もちろんその逆もあって、してないから大丈夫っていう何の根拠も無い場合だってあります。
性教育の違いって確かに大きいような気がします。リスクばかりが注目されるのもアレですが、僕の年代のや、それよりも下の年代は全体的に意識が高いように思います。
僕はコンドームがらみの性教育はもちろん受けました。配布されたこともあったような記憶があります。
ぺらん子 さん
ちょうど検査を受けようと思った時期だったのでタイミングが一緒でした。そしてそれについてゴチャゴチャ言われるのも非常によく分かることでもありました。
そしてぺらさんが非常に身持ちが堅いというのは、初めて知った事でしたw
ミカリン さん
確かに妊娠の時には色々検査をするようですね。確か友人の妊婦さんで肝炎の偽陽性が出たようで気が気じゃない1ヶ月近くを過ごしていました。
あかまんま さん
HIVについては、ほんとこの何年・何十年かで環境が大幅に変わっていますよね。昔は死ぬ病気だったみたいですし。もちろん感染しないための啓蒙であったりとか。注射器の回し打ちとか今となっては考えられませんし。
確かに健康診断で一斉に検査してしまえばいいような気もしますね。
2011-06-24 浮気は良くないという当たり前の話と、その結末。
sawakichi さん
これは、汐留です。僕は地ビールを飲みました。丸ビルにもこういうお店があるんですね。今度行ってみたいと思います。
確かに背景のビル群が丸の内に似ていますね。
2011-06-25 最終回に向けて。
※匿名さんからのコメントの要約
毎日のように読んでいるブログなので最終回はさみしいです。少ない頻度でもいいので更新を続けてもらえませんでしょうか。
という感じのコメントを頂きました。
匿名さん
僕自身は更新を完全にストップさせるつもりはありません。更新頻度を落としながら、、、最初は1週間に1回ぐらいの頻度。。。そして徐々に1月に1回ぐらいに落ちるかな?という感じを考えています。僕の性格として、書きたいときにはいくつかの記事を書きたくなるので、実際にはまとめて数日分の更新を行うかもしれません。
2011-06-27 実家に帰っていますか。
まさぜっとさん
大学時代から一人だったんですね。確かにそれは長いですね。一人暮らしが長いと今度は誰かと住むことが苦痛になったりするのでしょうか???
一緒に住まないだけで親不孝になったりはしないと思いますよ!僕も孝行は一切していません。
2011-06-28 HIV検査の話。
ゆず茶 さん
即日検査ができるなら一番いいですね。でも最寄りのところが1週間なので仕方ないです。自分の今までを(場合によっては)見つめ直すために必要な時間なのかもしれません。
Jugonさん
100%大丈夫・・・行為が・・・ということでしょうか。セーフなことは前提としつつも、行為のドキドキは必要ですねw
KAZUさん
定期的な検査は非常に重要なことですね。彼にも勧めているのですが忙しいとかでなかなか・・。
KAZUさんも検査受けてたんですね。思いのほか皆さんが検査をさているようでとても驚きました。やはり告知は大切ですね。
返信が遅くなりまして申し訳ないです。
最近競パンが好き過ぎて辛い(*゚▽゚)にリンクしました。腹筋のラインがキレイでとてもうらやましいです。
2011/06/28 考え(ゲイ関連)

なんだかんだ書いたけど、怖い。検査は怖い。身に覚え・・・そいういうことじゃなくて、やっぱり緊張はする。
前に受けたのは今の彼とつきあいはじめてからなので、もう3年?がすぎているということになる。
そろそろ検査をしたい・しなければと思った。ということで今回僕が行った検査の流れ。
検査の結果はだいたい翌週にわかるところが多い。検査所の一覧のようなパンフレットがあり、色々調べてみたが、どれもだいたい検査をしてから結果は1週間後であった。
思い立ったらすぐにでもやりたい。そう思っていた。今回検査を受けたのは、6月の上旬であったが、来週・再来週という日程では忙しさのピークであったり、出張の予定も入っていた。やもすれば、結果を聞けるのは7月の半ば頃になってしまうのではないか。それがとても心配であった。だって1ヶ月もヤキモキするなんて!
僕が住んでいる場所の最寄りの検査所、、、そしてそれは前回も僕が検査を受けたところだった。そこに電話をして聞いてみる。すると検査はその週の木曜日にあるというのだ。これならちょう出張前に結果が判明する。万が一の時はいろいろな精神状態で出張を迎える事になるが、まあそれも運命だろう。
電話をかけて、「HIV検査をしたいのですが」と先方に伝える。「わかりました。一番近い検査日は○日の木曜日になります。よろしいでしょうか。」「はい大丈夫です」「それでは○番で受付を行いましたので、当日は受付にその番号をお伝えください」という流れ。
検査の当日、受付にいって番号を伝える。すると受付表とアンケート用紙をもらう。「匿名でかまいませんので、お名前を記載してください。簡単なアンケートがありますので、お答えください。」と。
その紙を提出して、番号札をもらう。「○番でお呼びしますので、検査室までお入りください」と。
検査室に入ると、まずはコーディネーター?の人から簡単な説明を受ける。「行為があってから60日以上経過していないと、検査結果が正確に出ません」とか、「もし陽性であってもこちらでは治療についてのお話はできませんので、検査結果を持って改めて病院で検査をしてください。もちろん必要であれば病院は紹介いたします。」とか。「検査結果は翌週の金曜日になります。そのときにはこの受付表を持ってきてください」とか。
そして一通り説明を受けたら次の部屋へ。そこでは先生から血液を採られる。血を抜いたらあとは基本的なこと、、、ガーゼを腕に当てて5分ぐらい安静にするとか。。をして、その日は終了。
そして神頼みの毎日が始まるのである。
本当にこの1週間は緊張・緊張・緊張だ。くれぐれも繰り返すが、それは身に覚えがあるからとかではない。大丈夫な事を確認するためであっても、やっぱり緊張する。このような恐怖があるなら、「もう誰ともやらない」という発言を聞いたこともあるが、非常によくわかる。ある意味で、セーフですることの重要性を考える意味では、必要な時間なのかもしれない。
検査結果を聞く日。。。受付の時間の1時間ぐらい前から、あらゆる事が手に付かない。冷や汗をかき、呼吸が速くなり、口の中が乾く。気が気じゃない中で、結果を聞きに行くのだ。
受付に行って前回の受付票を渡す。そして番号札をもらう。○番でお呼びしますので。と。
「○番の方お入りください」と言われて、先生の前に座る。このとき緊張はピークに達する。
「○番の方ですね。受付票に間違いはありませんね」と念を押される。
そして検査結果を伝えられるのである。
「今回の検査結果で、HIVは陰性でした。」と。以上ですが何か質問はございますか?と言われるが、僕は「安心しました」と答えるのが精一杯であった。